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加藤明利
본문 표기 明利・民部少輔明利・民部少輔藤原明利
加藤 第七下 · 9
- p003…地賜ひ、若松の城に移る、一倍の地加られ、四十万石を領せし也、又二男民部少輔明利に、三春の城を賜ひ、三万石聟の松下石見守重綱、二本松の城を賜て、…
- p003…五万石嘉明に屬せらる、嘉明四十万石の外、二万石を預けられ、明利重綱か所領合せて五十万石なり同き八年九月十二日、嘉明六十九歲にして卒…
- p007…民部少輔藤原明利は、左馬助嘉明が二男なり、寛永四年二月十日、父嘉明、奧州會津の地を給ひし…
- p007…左馬助嘉明が二男なり、寛永四年二月十日、父嘉明、奧州會津の地を給ひし時、明利同國三春の城を賜ひ、三万石明る五年、二本松の城に移る、本領のま…
- p007…、本領のまゝ、是は松下石見守長綱に替れるなり十八年三月廿五日明利卒し家絕えぬ、…
- p008…明利男子四人までありしに、明利が存らへし中、子息ども見參に入れざりしかば家絕…
- p008…明利男子四人までありしに、明利が存らへし中、子息ども見參に入れざりしかば家絕えぬと世には云ふなり、明利…
- p008…明利が存らへし中、子息ども見參に入れざりしかば家絕えぬと世には云ふなり、明利が卒せし時、兄式部少輔明成、家人堀が事にて家亂れしかば、それらの事に罪せ…
- p008…ば、それらの事に罪せられて、其事となく家絕えしにや、明成が家亡びし冬に、明利が嫡男彌三郞を召し出されて、三千石賜ひしが、廿三歲にて死したり、子なけれ…
색인은 본문을 읽고 사람·지명 등에 개체 ID를 붙인 것입니다(표본 점검 정밀도 약 98.6%). 같은 이름의 다른 사람은 괄호로 구분했고, 지면 표기가 다른 비정은 문맥 주석에 적었습니다. 자세히