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天徳寺宝衍
본문 표기 和尙・天德寺の和尙
佐野 第十二下 · 6
- p003…らせんと議定しぬ、宗綱が弟の僧になりて、佐野の庄天德寺に住しけるを、この和尙一人は常陸の佐竹が子を迎へて、家繼がせんと議す、大貫、越中竹澤源…
- p003…む、左京大夫氏政悅ふこと斜ならず、舍弟左衞門佐氏忠して彼の家つがせけり、和尙大に怒つて忽ち寺を去てけり、同き十八年の春豐臣關白、北條を追討のため關東…
- p003…彼が父祖累代の家人等速に御勢に馳せ加るべきよしを仰せ下さる、城中の兵悉く和尙の旨に隨ふ、左衞門佐氏忠は小田原の城に在り、大貫越中守一人この議に同ぜず…
- p003…、左衞門佐氏忠は小田原の城に在り、大貫越中守一人この議に同ぜず、我等初め和尙の仰に隨ひ參らせず、左衞門佐殿を主となし奉る、既に一度主となり從者となり…
- p003…氏忠の御爲に討死仕るべきにて候とて、詰の城に閉ぢ籠る、殘る所の家子郞等、天德寺の和尙を大將として押寄す大貫櫓の上に上り大音あげ某かゝる小勢にて如何で戰ふには…
- p003…れ、これ見たまへ人々とて首かき落し死してけり、幾く程なくて北條も亡びぬ、和尙頓て關白の御家人富田左近將監が二男乞ひ受て、父祖の家つがせ修理大夫信吉と…
색인은 본문을 읽고 사람·지명 등에 개체 ID를 붙인 것입니다(표본 점검 정밀도 약 98.6%). 같은 이름의 다른 사람은 괄호로 구분했고, 지면 표기가 다른 비정은 문맥 주석에 적었습니다. 자세히