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本多俊次
본문 표기 下總守俊次・俊次・下總守・淨有
本多 第四上 · 6
- p004…の時、康俊從四位下に上られ、御沓の役に候す、大坂の兵起りし時に、康俊嫡子下總守俊次と同しく、仰を承りて、馳上り、近江國膳所崎の城を守り、大御所既に御上洛あ…
- p004…、五月七日、城中の兵、出戰ふに及び、加賀勢の右に出て、敵陣を打破り、嫡男下總守俊次二男美作守忠相等みづから首きつて獻る、凡そ康俊が手に打取る所の首百十三、…
- p004…家御上洛の時其城に入らせ玉ひ、康俊父子に物を賜ふ、同七年康俊卒して、嫡子下總守俊次家を繼ぐ・初め慶長十五年俊次叙爵し、大坂兩度の御陣に隨ひ參らせ、父に繼し…
- p004…父子に物を賜ふ、同七年康俊卒して、嫡子下總守俊次家を繼ぐ・初め慶長十五年俊次叙爵し、大坂兩度の御陣に隨ひ參らせ、父に繼し年、三河國西尾城に移る、寛永…
- p004…宮より所領の地を下しおかれ、其子半兵衞某、父が領を受つぎ候へど、當時は下總守が所領と成され給ひぬ、其嫡子伊織又父祖の領を受繼き候へば、あはれ其二…
- p004…を申して、城郭を增し築く、同き四年九月十二日致仕、十二月廿五日入道して、淨有と號し、同八年八月十一日卒す、七十四歲、嫡子縫殿助康長四十二歲にて、萬治…
색인은 본문을 읽고 사람·지명 등에 개체 ID를 붙인 것입니다(표본 점검 정밀도 약 98.6%). 같은 이름의 다른 사람은 괄호로 구분했고, 지면 표기가 다른 비정은 문맥 주석에 적었습니다. 자세히