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本多光忠
본문 표기 光忠・修理亮光忠・本多修理亮光忠
本多 第四上 · 16
- p002…父に繼ぐ、永祿三年五月、今川治部大輔義元、尾張國に向はれし時、忠俊が嫡子修理亮光忠、父が手の者、引具し、德川殿に隨ひまゐらせて大高の城にあり、義元既に討れ…
- p002…勢、旣に近付て、本國に歸り入らせ給はん事、たやすかるべからずと聞えしに、光忠進出て、某後陣をば打ち候べし、御心安く思めさるべしと申ければ、其望む所に…
- p002…ゆゑなくして岡崎に入らせ玉ひたりき、此ときの賞として給はりし御陣羽織光忠が嫡孫の家に今にありといふ、是よりして後、水野下野守信元は、織田殿の御…
- p003…は、足もたまらず、と讀て落書す、二陣の伊奈勢、安からぬ事やとて、忠俊の子修理亮光忠、伊豫光典幷家臣戶田丹波小栗澁大夫等眞先に進み戰ひて、敵餘多打取て、かく…
- p004…田の城に備ふべしとて、小坂井糟塚の要害を搆へて、手の者共を込めおき、嫡男光忠をば岡崎に參らせて常に御軍の先をかく、此時の賞として給る所の御刀…
- p004…岡崎に參らせて常に御軍の先をかく、此時の賞として給る所の御刀は、光忠か嫡流の家に相傳ふといふ、其後光忠所勞によりて、舍弟彥八郞忠次、父が…
- p004…時の賞として給る所の御刀は、光忠か嫡流の家に相傳ふといふ、其後光忠所勞によりて、舍弟彥八郞忠次、父が跡をつぐ、光忠光典兄弟、德川殿の御爲に…
- p004…家に相傳ふといふ、其後光忠所勞によりて、舍弟彥八郞忠次、父が跡をつぐ、光忠光典兄弟、德川殿の御爲に、吉田の城攻取るべき事を議り、忠次に隨ひ、岡崎に…
- p004…を議り、忠次に隨ひ、岡崎に參りて、斯と申す、德川殿大に悅はせ玉ひ、さらば光忠二連木に行向ひ、戶田主殿助と相議るべしと仰られ御馬賜りて遣はさる、此時…
- p004…殿助と相議るべしと仰られ御馬賜りて遣はさる、此時賜りし御馬の鞍具、も光忠嫡流の家に傳ふ斯て御勢を差向られ、糟塚喜見寺二箇所の要害を攻られ、忠次…
- p004…二箇所の要害を攻られ、忠次先陣を給りて御軍を出され、吉田の城を攻めらる、光忠等かねて申しゝ事の如く、城中の者共、思ひ〱に成て、其戰はか〱しからず、忠…
- p004…六月、三河八郡の地、大略御手に屬しければ、忠次が功最大なりとて、忠次幷に光忠光典戶田小栗各所領の地を下し給ふ、此時忠次光忠には御書を賜り、其功を賞…
- p004…功最大なりとて、忠次幷に光忠光典戶田小栗各所領の地を下し給ふ、此時忠次光忠には御書を賜り、其功を賞せらる、忠次には所領の地を加へ玉ひ、光忠には奧…
- p004…時忠次光忠には御書を賜り、其功を賞せらる、忠次には所領の地を加へ玉ひ、光忠には奧郡池尻村の地を給ひ、光典戶田小栗等には各五十貫文つゝの地を宛て…
- p004…男美作守忠相等みづから首きつて獻る、凡そ康俊が手に打取る所の首百十三、修理亮光忠か子半兵衞某、首二つ切り、嫡子伊織某も生年十五にて、首二つを切り、大御…
- p004…、五萬石、○是より先寛永五年高力攝津守忠房が母、望請て、兄にて候本多修理亮光忠、初め東照宮より所領の地を下しおかれ、其子半兵衞某、父が領を受つぎ候へ…
색인은 본문을 읽고 사람·지명 등에 개체 ID를 붙인 것입니다(표본 점검 정밀도 약 98.6%). 같은 이름의 다른 사람은 괄호로 구분했고, 지면 표기가 다른 비정은 문맥 주석에 적었습니다. 자세히