自
㆓信長公㆒九八郞拜領の刀、目貫かうかいは、
去々年後藤光乘仰付、於
㆓京都㆒被
㆑爲
㆑彫、昔
弘法大師の玉造と云双紙を繪に被
㆓書置
㆒、女は耽
㆑色者なれども、老年になれは、面は猿に似て手にあしかを持、其中にくはゑ蕨なと入、肘にかけ後に袋を負、まゑ打ひろけて腰をかけて居たる躰被
㆑書、
信長見
㆑之給、如
㆑此圖を可
㆑寫と依
㆓御諚
㆒、ほりたる目貫かうかい也、さて謠に今の世に周く用間、三方論議の僧、數珠を持たる所を學たり、其比此圖を
明智日向守狩野繪像にうつさせしに、悉出來して、眼に點入までにて有しに、一夜の內に此繪くさりたり、此由
明智にかの申ければ、權者の筆跡を凡夫として寫しけるに依て如
㆑此歟奇特と云云、