九月、
さはせ甚五郞と云者有
㆑之、是は元來
三川岡崎三郞信康小姓也、傍輩の金作の刀大小を盜捕事露顯之間欠落し、此二三年中在
㆓甲州㆒、彼國の住
甘利三郞次郞を於
㆓小山陣中
㆒令
㆓生害
㆒、
家康公陣中へ來、彼
甘利と日來令
㆓知音
㆒、別て懇志之間、聊無
㆓隔心
㆒之儀、
甘利寢入たる處を刺殺す、我刀を棄て、
甘利か大小を取て指來、年來彼
さば瀨甘利に令
㆓戀慕芳契
㆒、前代未聞、無
㆓物取
㆒㆑喩、
家康公へは令
㆓出仕
㆒、乍
㆑去さして擧用はなし、
三郞信康主惡
㆑之給間、一兩年の中に他國へ又欠落す、此
甘利年十七歲、
武田家老也、人數三百餘備也、