t3.023.p01校訂済41R別閏七月十二日の夜子の刻に、上方大地震、京中は三條より下伏見迄家損人死、上京は不㆑苦、伏見御城中にて、女臈七十三人、中居下女迄五百人死、一の門三門の番衆、門崩悉死、折節太閤中のまるに御座、御身無㆑恙、諸大名の家々倒る、人死事無㆑限、大坂々井も同前、伏見城殿主石かけは一も不㆑殘崩る、大佛堂は不㆑苦、佛は損也、愛宕山坊中も倒、所々よりあかる眞壺過半損、此六七月閏にても、上方は雨降、五穀豐なり、此地震關東駿遠何も東は不㆑動、