t3.172.p01校訂済46L別此比より佐渡國に銀倍增して、一萬貫目餘上へ被㆑納、先代越後景勝彼國領納之時分は、わつかなりしと云々、又石見國金山も倍增して、四五千貫目被㆑納、是も先代森輝元の時は僅の義也、家康公分國になりしより如㆑此、右之兩國大久保石見守拜領也、但金山之義は彼人爲㆓代官㆒、銀は上へ右之通被㆑收、每年石見守三月佐渡へ相下、八月伏見へ上、九月十月者石見國へ下、是金山相改、彌銀多分爲㆑可㆑被㆑納也、