當代記・駿府記史料本文データベース

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當代記卷四 第191条

西暦 1608年2月8日(グレゴリオ暦)日付なし(前の条から引継ぎ)

人物地名家(氏)官職日付固定リンク /projects/todaiki/e/t4.191/

廿二日辛巳丑刻駿府城中失火、女房衆夜の物置所之局へ手燭臺を置、其火張付に移、家屋不㆑殘燒亡、大御所幷若君姫君、何も女房衆無㆑恙、こちやと云御末之女房、當時爲㆓出頭㆒しか、門之所にて人に踏害さる、其外男女少々死す、一の刀箱に三十四五在㆑之間、是は取出す、二の箱に七十貳在㆑之間、をもくして取出事不㆑叶、箱を打わり刀を取出し、泉水へ投入る、後是を取上、京都本阿彌召下、さひたるをは或はとき、或はぬくいける、其中に一圓さびたる多分在㆑之、此度火事に燒る物之事白雲の壺(是は先年自㆓太閤秀吉公㆒拜領し給つる名譽の壺也、腰に白き藥廻けれは、白雲と號す、白雲は似㆑帶廻㆓山腰㆒之心也)其外眞壺七つ八つ、正宗の脇指、三原の脇指等也、其外常の居所に有ける物は、不㆑殘燒畢、不㆑遑㆓枚擧㆒、されとも數奇の道具、各名物有㆓文庫に㆒遁㆓火難を㆒、城中金銀以㆓奉行を㆒燒跡を改被㆓取置㆒、其數を不㆑知、又駿府南海邊に久能と云有㆑山、彼地四方岩にて、如㆑立㆓屛風㆒、金銀專取置、是彼番衆は榊原七郞右衞門息子也、去年父相果し後在城し有㆑之、然共未知行不㆓拜領㆒、右之外獅子笛燒失、三十年以前より、春日市右衞門と云觀世座笛吹に預けられ吹けるか、去々年相果し後、男も笛達者に吹けれは、如㆑親被㆑預、每年親時より冬は返上ける間、此度も如㆑此、大黑の笛は、十八年以前庚寅三月、太閤關東御動座之砌、武州瀧山城落居時、笛主押折討死しけると也、此笛主は古彥兵衞笛上手の男、今又是を彥兵衞と云しなり、大黑獅子とて、二の笛、今の世の名物也、大黑獅子を金にて鑿、笛の頭へ入けるにより如㆑此號、

この条の人物 ・・・・・