t5.172.p01校訂済86L別酉十二月、黑船被㆓打果㆒し時、長谷川忠兵衞と云者、別而令㆓計略㆒、是は駿河より長崎へ每年着船の賣買の檢使、糸以下の事專取引、左兵衞か弟也、此忠兵衞も同使也、黑船退治の時、小船二艘もより町屋を買取て、せいろにして黑船の下へこぎ入へき謀也、先黑船に近付時、石火矢の無㆑之方へ廻、黑船之下へ我ら船を乘入、則黑船へ乘移、アンジンを打取、是は黑船の主也、是は先年日本の船の者共悉殺害せしは、此アンジンか業也」、