t5.242.p01校訂済89R別下旬に建部內匠死去、當月十八日より煩と云々、是大坂秀賴公近習也、刀脇指總而かな物の目聞也、江戶駿河の若き衆弟子八百人餘と云々、此小性長吉、內匠死去八日目に追腹を切、時の人不㆑譽㆑之云ことなし、去三月內匠駿府逗留中、與㆓傍輩㆒令㆓逐電㆒、於㆓三河國吉田㆒押留けるを、傍輩侍二人成敗有き、此長吉は無㆓異儀㆒如㆓前々㆒仕はれしか、此度奇特の死をしけるとて、人譽㆑之、