當代記・駿府記史料本文データベース

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當代記卷七 第96条

西暦 1612年日付表記なし

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越前國古三川守秀康、去慶長十二丁未年卒給砌、家中年寄七人して金子隱取と云々、此事去年人公事申事付、右の七人の內岡部伊與と云者、江戶へ下事由を可㆓言上㆒旨相催、美濃國大垣迄下處、か程の儀達㆓上聞㆒事如何の由、當三川主幷家中の年寄人を遣、從㆓大垣㆒彼伊與を呼返、然共至㆓當年㆒彼公事無㆓落著㆒間、彼伊與江戶へ下、牧主殿と云者も、右の七人の內たるか、岡部と同道し、江戶へ下の由を申けるか、如何思けん、高野へ直に令㆓登山㆒と云々、

この条の人物 ・・・