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久世広宣
本文表記 久世・廣宣・三四・三左衞門廣宣・三四郞・久世三四郞・久世三四郞廣宣
久世 第五 · 6
- p001…大和守藤原廣之は、三左衞門廣宣が三男也、廣宣三河國の住人德川譜代の御家人にて、大須賀五郞左衞門康高が手…
- p001…大和守藤原廣之は、三左衞門廣宣が三男也、廣宣三河國の住人德川譜代の御家人にて、大須賀五郞左衞門康高が手に附らる、三…
- p001…須賀五郞左衞門康高が手に附らる、三百石を給ひき、父は平四郞と云初め三四郞と申せし時、生年十六歲、坂部三十郞廣勝十五歲、二人共に打連て軍し、能き敵…
- p001…て軍し、能き敵討て、共に高名せしよりこのかた、武名の譽れ、當世に顯はれ、三四三十と呼れしは、彼等二人が事なり、關東に移らせ玉ひし時、二人一所に上總の…
- p001…總の國橫田の地を給ふ、大須賀が男出羽守忠政、遠江國橫須賀の城に移りし時、久世坂部同じく忠政に從て移らず、二人終に御不審を蒙て、武藏國片山といふ所に引…
- p001…五千石なり、二人又同く馬武者十騎步兵十八人を附らる、總御鐵砲頭といふ、廣宣が嫡男三四郞某、父が闕に補せられて、御先手の事を承る、則ち總御鐵砲頭…
本多 第十一 · 4
- p013…、いかで大名には成さるべきと仰けり、其後また大坂の軍終つて後、坂部三十郞久世三四郞賞行はれしと聞て、その三四三十いかに正重に超えたる武功ありて、賞をば行は…
- p013…り、其後また大坂の軍終つて後、坂部三十郞久世三四郞賞行はれしと聞て、その三四三十いかに正重に超えたる武功ありて、賞をば行はれけん安からぬ事なりとて、…三四郞の略称
- p013…功ありて、賞をば行はれけん安からぬ事なりとて、刀ひつさけて城に登る、坂部久世罷り歸るとて大手の門を出づ、正重が此方に向ひ、もみにもうで來る、けしから…
- p013…大音あげて和殿原は如何なる高名して所領を賜ひたるぞ、語れ聞かうと呼ばる、久世早くも心得て、左の手にて耳の輪とつて見せたるに、腹から出でさこそはあらめ…
福嶋 第十二上 · 2
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