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山口重政
本文表記 重政・山口・山口但馬守・但馬守・修理亮重政・修理亮多々良重政・長二郞・長二郞重政・修理亮・但馬守重政・重政父子
大久保 第四中 · 7
- p010…の讒言ある由に似たり、今かの實記の說を取て、爰に註す、○慶長十八年の春、山口但馬守が所帶を沒收せらる、其よしを尋るに、大久保相摸守が妻は、石川日向守が娘な…
- p010…は、石川日向守が娘なり、相摸守我妻の姪なれば、日向守の男長門守が娘養て、山口但馬守が子に嫁したり、將軍家此由を聞召て、御氣色宜しからず、其故は、石川長門守…
- p010…その行猥がはしきに依て、近年御勘氣蒙りしに、それが妹を、御旨をも伺はで、但馬守が子息の妻に迎かへし事、上を蔑しろにする條、一方ならずとて、かく罪に處せ…
- p010…の妻に迎かへし事、上を蔑しろにする條、一方ならずとて、かく罪に處せられ、山口一通の書を捧て、訴ふる旨あり、相摸守大に怒れりと云々、山口が書の旨、また…
- p010…罪に處せられ、山口一通の書を捧て、訴ふる旨あり、相摸守大に怒れりと云々、山口が書の旨、また相摸守が怒りし事、何事といふ事は詳ならず、又相摸守が孫女の…
- p010…足輕の兵並に兵糧馬の飼料等を送りし事、第一の條に載せらる、思ふにこれは、山口が書を捧け、相摸守か怒りし時にや、相摸守が怒りしは、山口に對して怒りしや…
- p010…、思ふにこれは、山口が書を捧け、相摸守か怒りし時にや、相摸守が怒りしは、山口に對して怒りしやうに見ゆ、上に向ひ參らせし事とは見えず、扨其後ことしの冬…
山口 第六 · 40
- p001…修理亮多々良重政は、先祖遠く異國より出づ、百濟國王東明八代の孫王餘璋、第三の王子淋聖、唐…
- p001…し地の名に依つて、始て山口とこそ名乘けれ、盛幸が孫平兵衞尉盛政、これ則ち修理亮重政が父なり、盛政また半左衞門尉と云初め織田殿に仕へて、柴田修理亮勝家…
- p001…去て、北畠殿の御方に參る、太閤記幷家忠日記等合せ按へし、盛政が嫡男修理亮重政初めは長二郞と申て、是も織田殿に仕へ、佐久間信盛が手に屬す、信盛罪かうむ…
- p001…方に參る、太閤記幷家忠日記等合せ按へし、盛政が嫡男修理亮重政初めは長二郞と申て、是も織田殿に仕へ、佐久間信盛が手に屬す、信盛罪かうむつて、高野の…
- p001…つて、高野の奧に籠りしに、彼が手の兵二万餘騎、おのがさま〱なり行きしに、重政一人、信盛が先途を見んずるとて、同じく高野に趣く、扨も岡田既に誅せられぬ…
- p001…吉大に怒り軍勢を催し、伊勢國に發向す、佐久間駿河守正勝、北畠の御方して、長二郞重政等を宗徒の侍大將とし、都合其勢五千餘、同き三月九日嶺の古城に要害を搆へ、…
- p001…に要害を搆へ、龜山の城を攻んとす、同十日秀吉の軍勢、嶺の城に押寄す、正勝重政、打て出づ、味方さん〱に打なされ、討るゝもの三百餘人、正勝既に自害せんと…
- p001…て出づ、味方さん〱に打なされ、討るゝもの三百餘人、正勝既に自害せんとす、重政大に諫めて城中に引返す、敵つゞいて攻來る、佐久間山口また城中より切て出づ…
- p001…勝既に自害せんとす、重政大に諫めて城中に引返す、敵つゞいて攻來る、佐久間山口また城中より切て出づ、德川殿の御勢、うしろ卷すと聞えしかば、寄手は城を攻…
- p001…は城を攻めもせず、日既に暮に及ひければ、討殘されたる軍兵を引具して、正勝重政、一方を打破て、長嶋の城に返りけり、正勝又尾州蟹江の城に移り、重政、大野…
- p001…、正勝重政、一方を打破て、長嶋の城に返りけり、正勝又尾州蟹江の城に移り、重政、大野の城に籠る、かゝる所に、正勝北畠殿の仰によつて、便宜の地擇みて要害…
- p001…、前田忽に心變し、瀧川左近將監一益九鬼右馬允嘉隆と謀を合て、山口が許に使者を立て我等が父子、佐久間殿を恨み參らする故あつて、羽柴殿の御方…
- p001…が父子、佐久間殿を恨み參らする故あつて、羽柴殿の御方に參り候ひぬ、こゝに重政の母上、此城に留め置かれしに依つて、今既に御方の手にわたりぬ、重政もし母…
- p001…こゝに重政の母上、此城に留め置かれしに依つて、今既に御方の手にわたりぬ、重政もし母上の恩を顧りみ、家門の榮を謀つて、御方に參り給はんには、母上の御命…
- p001…命、事ゆゑなからんは、いふに及ばず抽賞定て少かるべからずと云はせければ、重政是を聞て、佐久間殿に二心を存せざるが故に、母を納て質としき、今若し母を助…
- p001…似たり、されば古人の申せしにも、忠孝二つながら全き事を得難しとこそ侍れ、重政既に人に仕ふる身となれり、母を救ふ事及ぶべからず、詮ずる處、たとへ不孝の…
- p001…、瀧川九鬼これを聞て、につくい物のいひやうかな、いで〱その儀ならんには、山口めが城攻め破つて捨ばやとて、大野の城に押寄す、重政勢こそなかりけれ、所々…
- p001…で〱その儀ならんには、山口めが城攻め破つて捨ばやとて、大野の城に押寄す、重政勢こそなかりけれ、所々の御方に急を告け知らせ、來る敵を待居たり、九鬼が兵…
- p001…を告け知らせ、來る敵を待居たり、九鬼が兵船數十艘、まづ大野の川に押登る、重政急て松炬いくらも拵へ置き、手に手にこれに火をつけて、敵の舟を見おろして、…
- p001…、鞭鐙を合せ援ひ來れば寄手こらへず引かへす、德川殿、本多平八郞に仰せて、重政を召され、此とき御陣は戸田にあり、重政むかし信盛に屬て、志を改めず…
- p001…德川殿、本多平八郞に仰せて、重政を召され、此とき御陣は戸田にあり、重政むかし信盛に屬て、志を改めず、今また逆徒等に組せざりし事、感じ給ふ事斜な…
- p001…ざりし事、感じ給ふ事斜ならず、御馬をぞ賜つたる、此後世かはり、事變して、重政德川殿に仕へ奉る、慶長六年叙爵して、但馬守に任し、後には修理亮常陸…
- p001…變して、重政德川殿に仕へ奉る、慶長六年叙爵して、但馬守に任し、後には修理亮常陸國牛久の地たまひ、一万石又大番の頭となつて、御奏者の事をかぬ…
- p002…るに、初め大久保相摸守忠隣我が妻の姪石川長門守康通が娘を養て子とす、今年但馬守重政が嫡男伊豆守重信に嫁す、長門守康通が息男、其行正しからざる依て、日頃兩御…
- p002…通が息男、其行正しからざる依て、日頃兩御所の御氣色よろしからず、然るに今但馬守彼の石川が息男の姉を以て、我子にめあはせし事、上を蔑ろにしたる所なりとて…
- p002…、大久保が傳と合せ見るべし、世に傳ふる諸說を信ずるにたらず、同き十五日、重政一封の書を獻て、罪なき由を申披きしかど、御免されなかりしかば、武藏國入間…
- p002…れなかりしかば、武藏國入間郡に蟄居せり、明れば十九年の冬、大坂の軍起る、重政重信父子郎等少々召具して、海道を馳上り、箱根の關にて留められ、引歸してま…
- p003…或說に、此夜重政、直孝が陣に行きむかふ有合ふ人々、重信が事を弔ふ、重政されば愚息が討死仕…
- p003…或說に、此夜重政、直孝が陣に行きむかふ有合ふ人々、重信が事を弔ふ、重政されば愚息が討死仕りし事、彼が年比の本意遂に達し訖んぬ、なげきの中の悅な…
- p003…にを賴みに生きけんと、さし顯はしては云はねども、言葉のすゑにぞ聞えたる、重政大に怒つて、既にさし違へんとしたりしを、人々中に立ち塞かり、さま〱に中直…
- p003…塞かり、さま〱に中直りさせぬ、今日若江の戰に直孝が麾の揮りやうあしとて、重政がをしへしを耻ち怒りて、直孝かくは云ひしなり、二人是より、不快にして、重…
- p003…、重信がうち死せしありさま、直孝かくとも申さねば、執し申す人さらになし、重政なけきの中に憤りて、空しく月日を送り、死してのち二人の男召し出さるといふ…
- p003…て、空しく月日を送り、死してのち二人の男召し出さるといふなり、又一說に、重政も手負て疵をうれへ、程なく死す、また一說下にみゆ、…
- p004…此後重政召返され、…
- p005…重政年比本多美濃守忠政に親し、天壽院殿は忠政の男中務大輔忠利に添はせ玉ひしか…
- p005…本多美濃守忠政に親し、天壽院殿は忠政の男中務大輔忠利に添はせ玉ひしかば、重政父子の事よく知召され、折にふれて御歎き有しかば、重政後に召返され、本領を下さ…
- p005…に添はせ玉ひしかば、重政父子の事よく知召され、折にふれて御歎き有しかば、重政後に召返され、本領を下され、若年寄の職に至りぬと、諸說まち〱なり、いづれ…
- p005…頭人衆といふばかり有しなり、又諸役人帳を考ふるに、御近習出頭衆の内にも、山口が事は見えず、又重政が卒せし年月、いつともいまだ知らず、…
- p005…しなり、又諸役人帳を考ふるに、御近習出頭衆の内にも、山口が事は見えず、又重政が卒せし年月、いつともいまだ知らず、…
- p006…寛永五年重政が三男長二郞弘隆、四男半左衞門重經に父が所領の地分ち賜ひ、兄に一万石…
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