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松平定綱
本文表記 三郞四郞・越中守定綱・越中守源定綱・定綱・越中守
松平(久松) 第三 · 9
- p003…越中守源定綱は、隱岐守定勝の三男なり、慶長元年三郞四郞と申して、いまだ幼なかりし時、…
- p003…越中守源定綱は、隱岐守定勝の三男なり、慶長元年三郞四郞と申して、いまだ幼なかりし時、荒川二郞九郞が養子となる、同き四年十二月七…
- p003…が一族して其家を繼すべきよしを、頻りに訴へ申ければ、大方殿聞召し、荒川が三郞四郞を子として、既に四年を經たりしに、今に至て、家臣等が、かく申こそ心得ねと…
- p003…年を經たりしに、今に至て、家臣等が、かく申こそ心得ねと仰ければ、德川殿、三郞四郞何ぞ荒川が世嗣たる事を願はんや、彼が成人の後は、彼の所帶よりは、猶あまた…
- p003…領すべきものなりと仰らるゝにぞ、大方殿の御心もとけにける、同き七年十一月三郞四郞十二歲にして、十一歲か掛川の城を出で、關東に下り、本多佐渡守正信を…
- p003…ひ、三万石また三万五千石とも寛永二年正月十一日、山城國淀城築きて、定綱に賜り、四万石、又は三万五千石同き十年、美濃國大柿城に移る、六万…
- p004…あつて、夜中ひそかに、城を御出ありて、御供少々召ぐせられて還御あり、其時越中守定綱仰をかうむりて、御肩與に乘て歸る、供奉の人々、常の如く、人みな、實に將軍…
- p008…の罪を宥められ、定行にめし預けらるゝ所なりと仰下さる、同き廿九日定政が兄越中守定綱、早馬を參らせて申す、舍弟能登守が事、風聞の及ふ所、頗る狂氣に似たりとい…
- p008…政をゐて西をさしてのぼるの間、押し留めおきぬと注進す、此よし聞召されて、越中守が振舞、神妙なりとぞ感したまひけると申なり、…
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