人物索引 › 諏訪頼忠
諏訪頼忠
本文表記 賴忠・諏訪小太郞・諏訪・諏訪父子・小太郞賴忠
大久保 第四中 · 4
- p003…斐信濃再ひ亂る、忠世仰を承り、宗徒の人々打連て、甲州を討從へ信州に至て、諏訪小太郞を始とし、當國の國人等を悉く降だす、かゝる所に、北條左京太夫氏直、上野國…
- p003…こそ、多かりけれ、大久保か家、大功の四つなり、今年忠世が計ひにて、諏訪小太郞味方に參りしに、酒井左衞門尉忠次と爭論の事有て、おのが城に立籠る、斯ては…
- p003…籠る、斯ては此國の侍、悉く背き參らすべしと見えければ、忠世また仰を承て、諏訪が許に使立て、とかく拵へし程に、明れば十一年三月に、諏訪父子また御方に參…
- p003…世また仰を承て、諏訪が許に使立て、とかく拵へし程に、明れば十一年三月に、諏訪父子また御方に參る、又上田の城をも取て、眞田に與へけり、十二年德川殿、北畠殿…
諏訪 第六 · 8
- p001…妹の娘を妻とし、四郎勝賴をうみしなり、諏訪の嫡流絕えぬれば、滿隣が二男賴忠其先蹤を繼ぎ、安藝守に任ず、これ因幡守賴水が父なりけり、武田亡ひ織田殿討…
- p001…信濃國に向ひ、諏訪に使立てて、須らく早く御方に參るべき由を云はせければ、賴忠最初に德川殿に從ふ、酒井左衞門尉忠次が至るに及びて、忠次、德川殿の御下文…
- p001…の御下文賜て、信濃國の事知行す、國人等速かに忠次に從ふべきよしを下知す、賴忠大に怒て、我はしめ德川殿の御方にこそ參りたれ、忠次が被官たらん事、思ひも…
- p001…十八日軍兵を發して、松平又七郞家信が陣を襲ふ、同き廿六日御方兵を伏せて、賴忠が兵十餘人を打取る、かくては國人等盡く叛き參らすべしと見えしかば、忠世仰…
- p001…田識部等を使として、たゞ初の如く德川殿の御家人たるべしと申ければ、賴忠さらんに於ては、如何で仰を背くべき、謹て承りぬとて、郞等茅野丹波清房澤市…
- p001…川殿御感斜ならず、茅野澤は物賜ふ事差あつて歸へさる、明る天正十一年三月、賴忠子息賴水を倶して參る、信濃國いまだ平かならず、父子速かに國に歸て、御催促…
- p001…へさる、保昌五郞の御脇刀、按ずるに此時の事ども記せし書に、多くは小太郞賴忠と見ゆ、この頃はいまだ安藝守にならざりしにや、不審、同き十二年の春、…
- p001…年閏八月二日、御方の人々、眞田が城を攻めて利なくして引返へす、同き十九日賴忠眞田と軍して、終におのが城に歸る、十八年小田原を攻られしに、大久保忠世に…
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