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酒井氏忠
本文表記 左衞門入道淨賢・淨賢・入道・小五郞親忠・小五郞・坂井左衞門尉氏忠・故左衞門・酒井左衞門・淨賢入道
酒井 第四上 · 17
- p001…左衞門尉源忠次は、故左衞門入道淨賢が子なり、…淨賢=坂井左衞門尉氏忠(p002)
- p002…移り、泰親を設け玉ふ、これ德川殿の御先祖なり、坂井五郞親淸男子二人、兄は小五郞親忠、弟は與四郞親重といふ、文明十一年七月十五日、泰親の御子信光、安祥を攻め…後に氏忠・淨賢
- p002…年七月十五日、泰親の御子信光、安祥を攻められし時、坂井五郞親淸三十九才、小五郞親忠二十才、與四郞親重十八才、父子三人御方に馳參り、搦手に向ひ、城を攻おとす…
- p002…十才、與四郞親重十八才、父子三人御方に馳參り、搦手に向ひ、城を攻おとす、小五郞後に信光の御子親忠と申奉れば、おのが名乘を改て、坂井左衞門尉氏忠といひ、…
- p002…ひ、城を攻おとす、小五郞後に信光の御子親忠と申奉れば、おのが名乘を改て、坂井左衞門尉氏忠といひ、入道して、淨賢と號す、是も男子二人、兄は將監忠尙、弟は左衞門尉忠…
- p002…御子親忠と申奉れば、おのが名乘を改て、坂井左衞門尉氏忠といひ、入道して、淨賢と號す、是も男子二人、兄は將監忠尙、弟は左衞門尉忠次といひしなり、與四郞…
- p003…初の字をば小五郞と申す、永祿の初め酒井將監忠尙背きし後、故左衞門が家絕つべからずと仰ありて、同き小五郞忠次に所領賜ひて、左衞門尉とめさる…
- p004…ふる所に曰く、初め廣忠卿十一歲にて、駿河にまします時、天文五年四月八日、酒井左衞門卒す、其子を將監と申て、父に繼く、永祿六年德川殿、織田信長に組みし玉ひし…
- p004…都て諸說を合せ按ずるに、忠次の父、定かならざるに似たり、其家の系圖には、左衞門入道淨賢が子と見えたり、世に傳ふる所は、左衞門入道淨賢が子の將監忠尙が甥といふ、…
- p004…に似たり、其家の系圖には、左衞門入道淨賢が子と見えたり、世に傳ふる所は、左衞門入道淨賢が子の將監忠尙が甥といふ、其家の系圖を見れば、左衞門入道淨賢、天文五年に…
- p004…傳ふる所は、左衞門入道淨賢が子の將監忠尙が甥といふ、其家の系圖を見れば、左衞門入道淨賢、天文五年に卒すとなり、此時七十七歲なるべし、入道が卒する時は、忠次年わ…
- p004…圖を見れば、左衞門入道淨賢、天文五年に卒すとなり、此時七十七歲なるべし、入道が卒する時は、忠次年わづかに十三才にや、然れば入道六十五才のとき設けし子…
- p004…此時七十七歲なるべし、入道が卒する時は、忠次年わづかに十三才にや、然れば入道六十五才のとき設けし子なり、覺束なし、大久保が記によれば、天文十三年に廣…
- p004…、天文十三年に廣忠卿に背き參らせて、尾張へ行し左衞門尉といふ者あり、これ入道にあらず、また忠次にあらず、思ふに此左衛門尉といふは、淨賢が子にて、將監…
- p004…ふ者あり、これ入道にあらず、また忠次にあらず、思ふに此左衛門尉といふは、淨賢が子にて、將監忠尙が兄弟、則ち忠次が父なるべし、さらんには、忠次實は淨賢…
- p004…淨賢が子にて、將監忠尙が兄弟、則ち忠次が父なるべし、さらんには、忠次實は淨賢入道が孫にして、將監忠尙が爲には甥なり、世に傳ふる所の說にあふにや、其家の系…
- p004…將監忠尙が爲には甥なり、世に傳ふる所の說にあふにや、其家の系圖に、忠次を淨賢が子としるしゝ事は祖父が家を繼がせ玉ひしに依りてなるべし、其父左衞門尉は…
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