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陶晴賢
本文表記 晴賢・陶尾張守晴賢・尾張守晴賢・陶
山口 第六 · 1
- p001…周防權介持盛、持世嫡子なれば家を繼き、四代の孫從三位兵部卿義隆の時、家人陶尾張守晴賢が爲に亡されて、大内の嫡流絕えてけり、初め周防權介持盛、兄持世卒し、其子…
毛利 第八上 · 8
- p004…多勢なれば、陣堀二箇所に搆へて、遠攻にこそ、したりけれ、大內此由を聞て、陶尾張守晴賢に、一万騎を附けて、元就を助く、明れば天文十年正月七日の戰に、元就先陣し…
- p004…し、武田は終に亡びてけり、かゝる所に天文廿年九月朔日、大内左京大夫義隆、尾張守晴賢がために、失はれぬ、元就是を聞て速に晴賢を誅して、義隆の舊恩に酬いんとて…
- p004…月朔日、大内左京大夫義隆、尾張守晴賢がために、失はれぬ、元就是を聞て速に晴賢を誅して、義隆の舊恩に酬いんとて、又晴賢と戰ふこと年を經て、弘治元年十月…
- p004…めに、失はれぬ、元就是を聞て速に晴賢を誅して、義隆の舊恩に酬いんとて、又晴賢と戰ふこと年を經て、弘治元年十月晦日の夜、晴賢が六万餘騎、嚴嶋に陣したる…
- p004…義隆の舊恩に酬いんとて、又晴賢と戰ふこと年を經て、弘治元年十月晦日の夜、晴賢が六万餘騎、嚴嶋に陣したるに、元就が兵二万人、兵船に取乘て押渡り、夜に紛…
- p004…嶋に陣したるに、元就が兵二万人、兵船に取乘て押渡り、夜に紛れて切て懸る、陶が軍勢、一支も支へずして、さん〲に逃げ散るを、首四千七百十八きつて捨つ、…
- p004…が軍勢、一支も支へずして、さん〲に逃げ散るを、首四千七百十八きつて捨つ、晴賢遁れかねて、終に腹きつて死す、かくて晴賢が押領せし國々を從へて、備前の國…
- p004…るを、首四千七百十八きつて捨つ、晴賢遁れかねて、終に腹きつて死す、かくて晴賢が押領せし國々を從へて、備前の國をも攻めしかば、宇喜多直家降參す、嫡男隆…
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