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三河国佐崎
본문 표기 佐崎・當國佐崎
本多 第四上 · 1
- p001…守と申す、當時國中の者共、多くは御敵と成たりしに、廣孝終に二心なく、和田佐崎上野等の合戰に、常に軍の先をかけ、奉公の勞、戰鬪の功、年を積み、度を重ぬ…
大久保 第四中 · 1
- p003…、永祿六年の秋の比より、不思議の大變出來て、國中以の外に騷動す、縱令ば、當國佐崎といふ所に、上宮寺といふ寺あり、彼寺の僧侶、德川殿に叛き參らせ、野寺針崎…
戶田(田原) 第四下 · 4
- p001…跡をつぎし由を申なり、詳なる事を知らず、斯て永祿六七年の際、三河國野寺佐崎土呂針崎等の寺僧、德川殿に恨み申事ありて、故の吉良義昭を大將になし立て、…
- p001…、彼の檀越の御家人等、彼に組みするもの八百餘人、三郞右衞門尉忠次は、此時佐崎の邊りに忍び住む、戶田一門の人々は、德川殿に年比不快なりとて、まづ上宮寺…
- p002…、最初に參りし由にみえたり、又大久保一門殘らず上和田に在て、針崎に向ふ、佐崎には向はず、忠次此日に山田と鎗を合せしは知らず、大久保と鎗を合すべきやう…
- p002…らずと申す、德川殿大に驚かせ玉ひ、さらば汝は如何にや思ふと仰下さる、忠次佐崎の案内は能く存しぬ、一定攻め破て參らせん、酒井左衞門尉が手の軍兵を某が下…
색인은 본문을 읽고 사람·지명 등에 개체 ID를 붙인 것입니다(표본 점검 정밀도 약 98.6%). 같은 이름의 다른 사람은 괄호로 구분했고, 지면 표기가 다른 비정은 문맥 주석에 적었습니다. 자세히