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南部信直
본문 표기 信直・南部・大膳大夫信直
井伊 第四上 · 2
秋田 第八下 · 1
- p006…八年の秋、關白奧に御下向ありし時、始て見參にぞ入りにける、明れば十九年、南部が家人九戶が、主に叛きし時、軍勢の催促に隨ひ、馳せ向ひ、城を攻む、朝鮮の…
南部 第九下 · 14
- p001…曾孫、信濃守遠光が加々美二郞三男、甲斐の源氏南部三郞光行が後胤、大膳大夫信直が男なり、光行が後、代々鎌倉殿の御家人として、九代の孫右馬頭茂時が代に當…
- p003…申ける、嫡子晴政が子彥三郞晴繼卒して、其嗣なかりしかば、左衞門尉高信が男大膳大夫信直を以て世嗣とす、天正十八年に至て、豐臣關白、北條を亡し、奧に下らせ給ひし…
- p003…て世嗣とす、天正十八年に至て、豐臣關白、北條を亡し、奧に下らせ給ひし時、信直御陣に馳せ向ひ、見參して、本領を安堵す、此時關白、來國次の脇指、并衣…
- p004…被官津輕右京亮爲信を初て、九戶修理亮政實等が、主に背て、國中常に靜ならず信直日々に、逆臣に逼られて、今は田子と云ふ城一つを守り居て、國中の事をだに知…
- p004…らせ給はゞ、當家の繁昌、御子孫の御行末、目出度こそ候べけれと、申ければ、信直大に驚き、扨は今天下は既に定りしにや、さらば、その秀吉殿へ、參らざらんに…
- p004…給はん樣を、有の儘に申上け、御領安堵の御敎書、取て參らせんと云ひければ、信直大に悅ひ、是に增したる事あらんと、彼の商人を使者として、當國の土產なれば…
- p004…として、當國の土產なれば、屈竟の逸物の馬共率かせて、相摸國へぞ上せける、南部が使、御陣に參りて、信直が參らざる趣を初めとし、津輕九戶等が事、一々に述…
- p004…、屈竟の逸物の馬共率かせて、相摸國へぞ上せける、南部が使、御陣に參りて、信直が參らざる趣を初めとし、津輕九戶等が事、一々に述べたり、關白殿聞き給ひ、…
- p004…細あるべからず、又家人等が逆威を振ふこと、甚以て奇怪なり、如何にもして、信直が城を守りて、秀吉が下向を待つけよと仰せありて、使をば返へされたり、信直…
- p004…信直が城を守りて、秀吉が下向を待つけよと仰せありて、使をば返へされたり、信直悅ふこと限りなし、北條亡ひし後、同年の八月十日、關白殿、陸奥に御下向あり…
- p004…限りなし、北條亡ひし後、同年の八月十日、關白殿、陸奥に御下向ありしかば、信直頓て御陣に參る、津輕の地は、最初に右京亮爲信に賜ひし上は、南部に返へし附…
- p005…實と見ゆ蒲生の記には右近とあり櫛挽將監等を初として、家の子郞等數多、信直に背き、此所彼所の溢れ者、招かざるに馳せ集て、既に多勢に及び、信直戰ひ勝…
- p005…數多、信直に背き、此所彼所の溢れ者、招かざるに馳せ集て、既に多勢に及び、信直戰ひ勝つことを得ず、急き早馬を都に參らせ、此由を申す、三好中納言秀次卿を…
- p005…に、參らせて、一々首を刎ねたりけり、朝鮮の軍起りて後、軍勢の催促に隨ひ、信直筑紫に馳せ參る、年五十四歲にして、慶長四年十月五日に卒しけり、信濃守利直…
색인은 본문을 읽고 사람·지명 등에 개체 ID를 붙인 것입니다(표본 점검 정밀도 약 98.6%). 같은 이름의 다른 사람은 괄호로 구분했고, 지면 표기가 다른 비정은 문맥 주석에 적었습니다. 자세히