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堀田正信
본문 표기 正信・上野介正信・上野介
堀田 第六 · 17
- p003…じさせ給ひしかば、此日、正盛腹切て殉死す、年四十六歲、正盛男子五人、嫡子上野介正信、二男脇坂淡路守安元が養子となつて、中務少輔安政といふ、三男久太郞正俊、…
- p003…部山城守が養子と成つて、内藏助正勝といひ早世しぬ、此年八月嫡男上野介正信に父が遺領を賜ふ、十万石其餘の男子等にも分ち賜ふこと差あり、久太…
- p003…にも分ち賜ふこと差あり、久太郞一万石、虎之助五千石、右馬助三千石、正信家を繼て、御詰衆に加りぬ、萬治三年十月八日、一封の諫書を上り、身の暇をも…
- p003…幕下の將士盡く貧困す、すべからく早く恩惠を施し、窮愁を宥めらるべし、まづ正信が父より傳へ賜ふ所の祿を以て、御家人等に充て賜るべき料とせらるべし、依て…
- p003…より傳へ賜ふ所の祿を以て、御家人等に充て賜るべき料とせらるべし、依て今は正信が領する所の城地悉く返し奉るの旨を載せ、肥後守正之豐後守忠秋を上所にした…
- p004…事披露ありて、正之朝臣を先として執政の人々僉議ありしに、伊豆守信綱一人、上野介が心狂じてこそかくは侍るらめと申ける、さるは此諫書のさす所、偏に信綱が執…
- p004…似たり、また正之忠秋ばかりを以て上所とす、これといひ、かれといひ、信綱、上野介が所爲を憎み思ひ、かく申し妨くるにやと思ひけるが、正之朝臣は、たとへ正信…
- p004…野介が所爲を憎み思ひ、かく申し妨くるにやと思ひけるが、正之朝臣は、たとへ正信が諫め申す所、一々其理を盡さずとも、世を憂ひおのが家をも身をも忘れて、君…
- p004…も忘れて、君を諫め申條は、如何で狂氣とは申さるべきと宣ひけれども、信綱は正信が狂氣疑ふ所あるべからずとのみ爭ふ、正之朝臣重ねて、正信は故加賀守が嫡子…
- p004…けれども、信綱は正信が狂氣疑ふ所あるべからずとのみ爭ふ、正之朝臣重ねて、正信は故加賀守が嫡子にて、其身もかく忠を存ずる者なるを如何であへなく狂人と定…
- p004…存ずる所、忠なりとも、其所行は上を蔑如し奉て、いさゝか反逆に似て候、若し正信が常の心にて、かゝる事候はんには、其身は云ふに及はず、一門の輩をも急度嚴…
- p005…といひしかば、さらばとて、正俊が所領、守谷といふ所に移る同き十一月三日、正信が所領收公せられて、弟安吉預りて、おのが信濃國飯田の城に趣く、正信が息帶…
- p005…三日、正信が所領收公せられて、弟安吉預りて、おのが信濃國飯田の城に趣く、正信が息帶刀正職、別に俸米を賜ひ、一万俵寛文八年十二月廿七日、叙爵して…
- p005…別に俸米を賜ひ、一万俵寛文八年十二月廿七日、叙爵して豊前守に成る、正信また寛文二年五月十八日、酒井修理大夫忠直に預られて、若狭國に移さる。是は…
- p005…に移さる。是は中務少輔安吉、播州龍野を賜て移りしゆゑなり、延寶五年の春、正信密に若狹國を出て都に上り、男山清水等に參詣し、願書を籠めて、將軍家の若君…
- p005…御咎あり、また豊前守正職も同しく籠りて有りしが、二人程なく御免しを蒙り、正信をば淡路國へ移されて、松平阿波守綱通に預けらる、同六年の秋、綱通卒して、…
- p005…して、其子淡路守綱矩預人となる、同八年五月八日、右大臣家薨じさせ給ひぬ、正信配所にて此由を傳へ聞て、深く歎き、預人綱矩が許へ文のこして、同月の廿日、…
색인은 본문을 읽고 사람·지명 등에 개체 ID를 붙인 것입니다(표본 점검 정밀도 약 98.6%). 같은 이름의 다른 사람은 괄호로 구분했고, 지면 표기가 다른 비정은 문맥 주석에 적었습니다. 자세히