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太田康資
본문 표기 武庵入道・武庵・新六郞康資・源六郞康資入道武庵
太田 第六 · 6
- p005…、此人平河に一宇の精舍を建つ、今の平河山報恩寺是なり北條に從ひ其子新六郞康資父に繼く、武庵入道是なり、永祿の初め北條に背き、安房の里見を賴んで…
- p005…舍を建つ、今の平河山報恩寺是なり北條に從ひ其子新六郞康資父に繼く、武庵入道是なり、永祿の初め北條に背き、安房の里見を賴んで、彼國に趣く、天正九…
- p006…し、夏目が記を按ずるに、太田美濃守資政入道三樂は、道灌四代の嫡流にして、源六郞康資入道武庵は、道灌が舍弟の四代の孫なりと記せり、家の系圖を見るに、武庵も共に道灌の…
- p006…六郞康資入道武庵は、道灌が舍弟の四代の孫なりと記せり、家の系圖を見るに、武庵も共に道灌の子孫たり、其家の系圖誤るべきにあらず、疑ふべきにあらず、去な…
- p008…初め天正十八年關東へ移らせ玉ひし時、武庵が女、新六郞が妹於梶の局、年十三歲にて宮仕し、常に御側に侍らひて、日々に…
- p008…られ、また元和二年四月、水戶中納言賴房卿を彼の局の養君と定めらる、されば武庵入道を賴房卿の御外祖とも申なり、此年大御所かくれさせ玉ひしかば、於梶の局、頭…
색인은 본문을 읽고 사람·지명 등에 개체 ID를 붙인 것입니다(표본 점검 정밀도 약 98.6%). 같은 이름의 다른 사람은 괄호로 구분했고, 지면 표기가 다른 비정은 문맥 주석에 적었습니다. 자세히