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太田資長
본문 표기 道灌・資長・左衞門大夫持資入道道灌
太田 第六 · 7
- p003…し所といふ、又一說に江戶の城も、此人始て築きしとも申なり、其子左衞門大夫持資入道道灌、永亨記に資長と載す、同國荏原の郡品川の舘に在り、豐嶋の郡江戶の城…
- p003…此人始て築きしとも申なり、其子左衞門大夫持資入道道灌、永亨記に資長と載す、同國荏原の郡品川の舘に在り、豐嶋の郡江戶の城を築て移り住む、…
- p004…永亨記に資長廿五歲の時、江戶の城を築くといふ、然れば康正二年の比にや、按ずるに僧靈彥…
- p006…、房州に落行きしなるべし、夏目が記を按ずるに、太田美濃守資政入道三樂は、道灌四代の嫡流にして、源六郞康資入道武庵は、道灌が舍弟の四代の孫なりと記せり…
- p006…、太田美濃守資政入道三樂は、道灌四代の嫡流にして、源六郞康資入道武庵は、道灌が舍弟の四代の孫なりと記せり、家の系圖を見るに、武庵も共に道灌の子孫たり…
- p006…道武庵は、道灌が舍弟の四代の孫なりと記せり、家の系圖を見るに、武庵も共に道灌の子孫たり、其家の系圖誤るべきにあらず、疑ふべきにあらず、去ながら三樂が…
- p006…といふは、三河守殿に仕へて、越前國にあり、彼れ太田の嫡流にして、賴政より道灌に至るまでの系圖、並ひに其家の重寶、悉く安房守が子孫の家に今に傳へたり、…
색인은 본문을 읽고 사람·지명 등에 개체 ID를 붙인 것입니다(표본 점검 정밀도 약 98.6%). 같은 이름의 다른 사람은 괄호로 구분했고, 지면 표기가 다른 비정은 문맥 주석에 적었습니다. 자세히