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屋代忠正
본문 표기 甚三郞忠正・忠正・越中守父子・屋代甚三郞・甚三郎忠正
屋代 第六 · 7
- p004…安藤治右衞門正次と同しく、今福の堤に向ふ、慶長十九年十一月廿五日の戰に、越中守父子先懸し、一二の柵を打破り、手の者多く討たるれども、子息甚三郞忠正生年廿一…
- p004…の戰に、越中守父子先懸し、一二の柵を打破り、手の者多く討たるれども、子息甚三郞忠正生年廿一歲、矢野和泉守を討取る、大將既に討れぬれば、敵は怺へず城中さして…
- p004…て入る、明れば元和元年五月七日の戰には、越中守吉正、將軍家の御旗を司り、甚三郞忠正又よき敵二人を討つ、手の者共に首四つ切らせて獻る、政事錄大坂の首注文…
- p004…を討つ、手の者共に首四つ切らせて獻る、政事錄大坂の首注文の下に、屋代甚三郞同心首四つと記るせり、此時に忠正物頭たるへし、大坂兩御陣供奉帳諸役人系…
- p004…政事錄大坂の首注文の下に、屋代甚三郞同心首四つと記るせり、此時に忠正物頭たるへし、大坂兩御陣供奉帳諸役人系圖等に、その事見えず、もし此時御…
- p004…諸役人系圖等に、その事見えず、もし此時御旗奉行を承れる越中守といひしは甚三郎忠正が事にや、いまだ詳なる事を知らず、萬治三年、忠正叙爵して越中守に任す…
- p004…といひしは甚三郎忠正が事にや、いまだ詳なる事を知らず、萬治三年、忠正叙爵して越中守に任す、是より先、寛永十五年二月、寄騎十騎足輕の兵五十人を…
색인은 본문을 읽고 사람·지명 등에 개체 ID를 붙인 것입니다(표본 점검 정밀도 약 98.6%). 같은 이름의 다른 사람은 괄호로 구분했고, 지면 표기가 다른 비정은 문맥 주석에 적었습니다. 자세히