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本多富正
본문 표기 本多・本多伊豆守・富正・此人・源四郞富正・本多伊豆守富正・伊豆守富正・本多丹波守・本多殿・伊豆守
越前 第一 · 13
- p002…前の國に事起りて、以の外に騷動す、まづ十月十九日、家老久世但馬守罪蒙て、本多多賀谷討手の大將承て、押よせ戰ふ、寄手討るゝもの二百餘人、久世が一族郞等…
- p002…く、是は故中納言殿うせ給ひて後、宗徒の家人等二ツに成て、確執止む事なく、本多久世弓木牧上田岡部竹嶋などいふ七人の家老罪蒙り、岡部伊豫此よし訴んとて、…
- p002…道より高野山に趣き入道す、爰に於いて久世弓木うたれ、上田竹島腹切て死す、本多伊豆守富正は、彼七人の隨一なりしかど、罪ゆるされて、人質を給ひし上は、久世が討手の…
- p002…陣を取りき、此時大御所關東にわたらせ給ひしかば、閏十月廿日召符を下され、本多淸水等關東に召され、十一月廿八日、兩御所みづから本多伊豆守淸水丹後今村掃…
- p002…月廿日召符を下され、本多淸水等關東に召され、十一月廿八日、兩御所みづから本多伊豆守淸水丹後今村掃部を召寄せられ、十二月二日、將軍家御裁斷有て、淸水今村遠流…
- p002…今村は奧州伊達政宗に預けられ、淸水は岩城鳥居左京亮に預らる彼國務、伊豆守富正たすくべき由を仰下さる、十八年の三月訴人再ひ起て、家人等また關東に參る、…
- p002…ならざる事、偏に參河守が年いまだ若かりしが致す所なり、今よりは國務の事、富正が沙汰たるべしとて、富正が一族本多丹下成重に、丸岡の城賜て、彼家に附らる…
- p002…年いまだ若かりしが致す所なり、今よりは國務の事、富正が沙汰たるべしとて、富正が一族本多丹下成重に、丸岡の城賜て、彼家に附らる、成重は作左衞門重次か…
- p003…かば、御家人等東西にはせ違ひ、南北にかけめぐつて、上を下へと、ひしめく、本多丹波守大に驚き、かくては唯此國の騒きのみにあらず、事隣國に聞えなば、以の外の大…丹波守 표기
- p003…、討手の人々かたく制して、我身ひとり永見が家に行むかふ、永見が家子郞等、本多殿は能き敵、此人壹人を打取て、御腹召れんは、寄手何拾萬騎を打ち玉ひしよりも…
- p003…く制して、我身ひとり永見が家に行むかふ、永見が家子郞等、本多殿は能き敵、此人壹人を打取て、御腹召れんは、寄手何拾萬騎を打ち玉ひしよりも、なほ勝るべし…
- p003…るべしと、長刀ひつさげて出んとす、右衞門おし止め、其事ゆめ〱然るべからず此人を助け置てこそ、我罪なき由、世にも披露は有べけれとて、對面に及ぶ、本多何…
- p003…ず此人を助け置てこそ、我罪なき由、世にも披露は有べけれとて、對面に及ぶ、本多何とか云ひたりけん、其日より、永見が家の守りもおこたりけり、年旣に暮て、…
本多 第四上 · 4
- p003…とも覺えずと、伏し沈み歎きぬ、されば息男が身代に、此者參らするとて、甥の源四郞富正を參らす、關白殿安からぬ事なり、本多めに、たばかられたりけりと、怒たまふ…
- p010…掃部介、淸水丹後守、相論の事ありて、二人共に配流せらる越前の福井をば、本多伊豆守に仰下され、今まて今村が領せし丸岡の城をば、本多丹下に玉ふと云云、四…
- p010…餘を領せしなり、一說に、慶長六年に結城殿に附らるゝといふ、覺束なし、また伊豆守といふは、むかし成重が身代りに都へのほりし、源四郞富正と申しゝが事…
- p010…、覺束なし、また伊豆守といふは、むかし成重が身代りに都へのほりし、源四郞富正と申しゝが事なり、大坂前後の戰に、越前の先陣し、前年十二月四日御方の先…
색인은 본문을 읽고 사람·지명 등에 개체 ID를 붙인 것입니다(표본 점검 정밀도 약 98.6%). 같은 이름의 다른 사람은 괄호로 구분했고, 지면 표기가 다른 비정은 문맥 주석에 적었습니다. 자세히