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松平近正
본문 표기 近正・五左衞門近正
松平(荻生) 第二 · 8
- p001…源成重は、加賀守乘元の後胤なり、乘元の男乘正の二男、荻生の傳藏親淸、其子五左衞門近正と云、和泉守家乘が家子たるにや天正十二年德川殿、北畠殿信雄を援たま…
- p001…北畠殿信雄を援たまひ、秀吉と戰ひ給ひし時、源二郞家乘いまだ幼なりしかば、近正彼の代官として、軍勢を卒て、蟹江の城を責破る、明れば十三年十一月、石川伯…
- p001…る、明れば十三年十一月、石川伯耆守數正、岡崎の城を去て、秀吉へ參りし時、近正が許へ使たて、大野又右エ門といふ者なり打連て參らん事を勸む、近正あ…
- p001…、近正が許へ使たて、大野又右エ門といふ者なり打連て參らん事を勸む、近正あへて從はず、いそぎ嫡子新三郞一生に家乘が侍二人附て、德川殿へ參らせ此由…
- p001…川殿へ參らせ此由を告申、一生をば直に濱松の城に留めらるべき由を申す、是れ近正が二心なき旨を顯はし、質として子息を獻る所なり、德川殿、近正が志に深く感…
- p001…を申す、是れ近正が二心なき旨を顯はし、質として子息を獻る所なり、德川殿、近正が志に深く感じたまひ、御刀を一生にぞ賜りける、其後關東に移り玉ひし時、近…
- p001…正が志に深く感じたまひ、御刀を一生にぞ賜りける、其後關東に移り玉ひし時、近正上野國三の倉の地を給ふ、五千石慶長五年の秋、伏見の城に留りて討死す…
- p001…五千石慶長五年の秋、伏見の城に留りて討死す、年五十四歲とぞ聞えたる、近正男子二人、嫡子若狹守一生、二男五郞左衞門正吉、これ將監成重が父なりけり、…
색인은 본문을 읽고 사람·지명 등에 개체 ID를 붙인 것입니다(표본 점검 정밀도 약 98.6%). 같은 이름의 다른 사람은 괄호로 구분했고, 지면 표기가 다른 비정은 문맥 주석에 적었습니다. 자세히