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松平重吉
본문 표기 重吉・次郞右衞門尉重吉・松平次郞左衞門重吉
松平(能見) 第二 · 7
- p001…子にあらず、光親娘にあはせて、所領を讓りしとなり、本姓不知、其子また次郞右衞門尉重吉といふ、永正九年、十五歲の時、手習ふ師の許に物書て居たりしに、敵菅生村に…
- p001…十五歲の時、手習ふ師の許に物書て居たりしに、敵菅生村に襲ひ來れりと聞て、重吉只ひとり菅生の塘に馳せ行て、壹番に敵を打て首を取る、岡崎の松平彈正左衞門…
- p001…初て軍に立せ給ひしかば、御年十七歲也、御家人いさみ進んて城をせむ、重吉眞先に進み攻めし程に、一男般若助を始として、手の者多く打死し、終に城をば…
- p001…し程に、一男般若助を始として、手の者多く打死し、終に城をば攻おとす、義元重吉が功を賞し寺部百貫の地を賜る、重吉高名の古兵なりければ、天正元年岡崎三郞…
- p001…者多く打死し、終に城をば攻おとす、義元重吉が功を賞し寺部百貫の地を賜る、重吉高名の古兵なりければ、天正元年岡崎三郞殿、御鎧の着初ありしに、重吉御介錯…
- p001…賜る、重吉高名の古兵なりければ、天正元年岡崎三郞殿、御鎧の着初ありしに、重吉御介錯に參るべきよしを仰下さる、世に具足親と申せし事なり、當時の面…
- p001…殿足助城を攻くださせ玉ひし時の事にや、同三年の夏、二俣の城攻らる時、重吉七十八歲にて、魁けして高名す、八年八月廿七日、八十三歲にして死す、其子大…
鳥居 第四中 · 1
- p001…には、安部大藏石川右近二人を留守として、駿河遠江の軍兵を込置き伊賀守忠吉松平次郞左衞門重吉して、御領の事を奉行させ、其年貢租稅悉くに押領せらる、弘治二年正月十五日…
색인은 본문을 읽고 사람·지명 등에 개체 ID를 붙인 것입니다(표본 점검 정밀도 약 98.6%). 같은 이름의 다른 사람은 괄호로 구분했고, 지면 표기가 다른 비정은 문맥 주석에 적었습니다. 자세히