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松浦鎮信
본문 표기 平戶法印・鎭信・肥前守源鎭信入道宗靜・肥前守鎭信・鎭信入道・平戶の法印・法印・松浦
松浦 第十上 · 10
- p001…肥前守源鎭信入道宗靜は刑部卿法印たりしゆゑ平戶法印とい云しなり前肥前守隆信入道道可が男…
- p001…肥前守源鎭信入道宗靜は刑部卿法印たりしゆゑ平戶法印とい云しなり前肥前守隆信入道道可が男也、累代の先祖肥前國松浦郡に住して…
- p002…國に流さる、其子孫續いて平戶と云ふ所に住して、下の松浦と申せしなり、これ肥前守鎭信の先祖たりと云々、鎭西の事記したる古記、傳ふる所皆斯くの如し、此說の如く…
- p003…にあはせしと云なり同き十五年豐臣關白、筑紫の地平け給ひし時、道可が息男鎭信入道、降人になつて參りしかば本領を安堵し、十七年二月廿七日、式部卿法印に任す…
- p003…人になつて參りしかば本領を安堵し、十七年二月廿七日、式部卿法印に任す、鎭信が入道せし事いかなる故にや、審ならず、關白に參りし時に、入道した…
- p003…彼處彼處に戰ふこと凡七年、大明の書に癸巳の年正月、平壤の敗れし時に、鎭信討れし由を記せしは、大に誤れり慶長三年太閤薨し給ひて本朝に引返す、同き…
- p003…七十一歲、明れば五年の秋、石田三成が軍起る、小西攝津守行長が牒狀に應して平戶の法印、兵船に取り乘て長門國下關に至り、鎭西の人々、此所に會合して軍評定す、大…
- p003…、大村が異見に隨ひ、人々爰より本國に漕き戾す、天下悉く德川殿に屬して後、法印も恙なく本領を安堵す、六万三千石…
- p004…按ずるに平戶法印、大坂に馳せ上り、伏見の城を攻めし由、家忠日記追加を始て、關が原の事記せ…
- p004…見ゆ、唯關原記に記す所、本文の如し、本領安堵せし上は諸記皆誤れるにや若し松浦が勢、伏見の城攻めしならんには、大坂に在合ふ兵、奉行等にかり催されて、打…
색인은 본문을 읽고 사람·지명 등에 개체 ID를 붙인 것입니다(표본 점검 정밀도 약 98.6%). 같은 이름의 다른 사람은 괄호로 구분했고, 지면 표기가 다른 비정은 문맥 주석에 적었습니다. 자세히