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板倉重宗
본문 표기 重宗・板倉周防守重宗・周防守重宗・板倉重宗・板倉周防守・板倉・殿・周防
內藤 第四中 · 2
板倉 第五 · 16
- p006…る、齡既に傾きしかば、職頻に辭じ申けるに因て、同き六年御許しを蒙て、子息周防守重宗、父が闕に補せられ、勝重年積りて八十三歲、寬永元年四月廿九日に卒しけり、…
- p007…ねあるべきにて候、さりながら、なほも勝重に進申せと侍らんには、子にて候ふ周防守重宗は、密夫の首きるべき者には候はず、若し彼を以て父が闕に補せらるべく候やと…
- p007…ず、若し彼を以て父が闕に補せらるべく候やと申ければ、將軍家大に悅せ玉ひ、重宗を召して、京職に補せられ、勝重御免を蒙る、重宗辭し申けれども、子を知るは…
- p007…れば、將軍家大に悅せ玉ひ、重宗を召して、京職に補せられ、勝重御免を蒙る、重宗辭し申けれども、子を知るは父に若かずといふ事あり、汝が父の薦めにてあれば…
- p007…り、汝が父の薦めにてあれば、辭する所あらじと仰せ下されしかば、力及はず、重宗なく〱父に向ひ、重宗如何で此職に堪へ候べき、なさけなうも御推擧に預り候者…
- p007…あれば、辭する所あらじと仰せ下されしかば、力及はず、重宗なく〱父に向ひ、重宗如何で此職に堪へ候べき、なさけなうも御推擧に預り候者かなと、怨みかこつ、…
- p008…周防守重宗は、勝重が嫡男なり、將軍家に近く仕へて、御扈從組の番頭となされ、小十人歩…
- p008…に御免を蒙て、明曆二年八月四日下總國關宿の城を賜ひ、五万石、按するに、重宗職とけしこと、承應三年たるのよし、諸役人系圖幷に諸役人帳に載する所な…
- p008…渡守は、寄騎五十人同心百人を預けらる、十月十二日御暇を給ひ、十一月十六日板倉周防守が家に移ると云云、然れば板倉牧野が交替は、明曆元年の冬と見えたり同…
- p008…、十月十二日御暇を給ひ、十一月十六日板倉周防守が家に移ると云云、然れば板倉牧野が交替は、明曆元年の冬と見えたり同き年十二月朔日七十一歲にて關宿…
- p009…譽、天下の稱する所、また擧て數ふべからず、其要を取て、一條をこゝに註す、重宗職に任じて後、毎日に决斷所に出つるに、西面の廊下にして、遙に拜する事あり…
- p009…靈驗あらたなりと聞し程に、所願ありてかくは拜しぬ、その所願といふは、今日重宗が訴へを、ことわらんに、心に及はん程は、わたくしの事あらじ、若し過ちて、…
- p009…ふれて動くが故なりと思ひなしぬ、よき人は自ら動さざらんやうこそあらめど、重宗それ迄の事は叶ひ難く、たゞ我心の動くと、靜なるとを試るには、茶をひきて知…
- p009…つたへを聞くには、色を以て聽く事あり、夫は覆はるゝ所なき人の事なるべし、重宗が如きは、見る所に就て、心おほはるゝ事多し、またさなきだに訟への庭に出で…
- p009…なり、一とせ質物の訴ありしに都に代々質取る商人の古法を引き出し例として、殿はいまだ此事は知し召さぬなどいひし事あり、其後ある人盜みし物を質とす、か…
- p011…習出頭人衆と云、慶長十年の夏叙爵、世のひと臙脂內膳と名つく、周防を蘇芳といひ替へて、兄より色の增りぬるとの心なり、大坂の軍、初め御和…
稻葉 第十二下 · 1
- p008…十六日紀通此由を聞て大に驚き、先づ京職の許に使者を立て誤りなき由を陳す、板倉周防守重宗この由を聞て陳じ申さるゝ旨一々に承りぬ、當時大坂の鎭守阿部備中守正次の所…
本多 第十二下 · 1
- p001…家絕えたり寛永十七八年の頃ほひに卒したりといふ年月いまだ詳ならず此人板倉周防守重宗が婿たりしに息男なくて家絕えぬ…
색인은 본문을 읽고 사람·지명 등에 개체 ID를 붙인 것입니다(표본 점검 정밀도 약 98.6%). 같은 이름의 다른 사람은 괄호로 구분했고, 지면 표기가 다른 비정은 문맥 주석에 적었습니다. 자세히