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永井氏
본문 표기 永井
永井 第五 · 10
- p006…德川殿仰に、長田は義朝を弑せし逆臣の名字なり、長田を改めよとありしかば、永井と改む、永井は大江の姓なれば、大江の家の紋一文字に三星をも許させ玉ひ、御…
- p006…長田は義朝を弑せし逆臣の名字なり、長田を改めよとありしかば、永井と改む、永井は大江の姓なれば、大江の家の紋一文字に三星をも許させ玉ひ、御普代の御家人…
- p006…一文字に三星をも許させ玉ひ、御普代の御家人、阿部伊豫守の聟になされたり、永井もと因幡守大江廣元の二男より出づ、長田は平氏なり、長田入道が兄、一說…
- p006…輔千古が九代の孫、大膳大夫廣元、鎌倉の右大將家より三代の將軍に仕ふ、是れ永井毛利等の祖なり、廣元が二男永井左衞門時廣は、三浦若狹前司泰村が妹聟たるに…
- p006…、其子甲斐守宗元召返されて、越後國にして三千貫の地を賜ふ、其後北條亡ひ、永井が子孫本領に失て、終に三河國に來り止る、平右衞門重元は、宗元が十一代の孫…
- p006…は、宗元が十一代の孫なり云云、〇按ずるに、夏目が記の如くなれば、直勝もと永井にはあらず仰を蒙り改めて稱號せし所なり、世に傳ふる所は本姓大江にて、永井…
- p006…永井にはあらず仰を蒙り改めて稱號せし所なり、世に傳ふる所は本姓大江にて、永井が子孫、後に長田と改め又其本姓に復せるなりと、是兩說なり、想ふに緣りなき…
- p006…子孫、後に長田と改め又其本姓に復せるなりと、是兩說なり、想ふに緣りなきに永井と名のれとは仰られじ、如何さま故あるべし、又東鑑を考るに、長井左衛門大夫…
- p006…とは仰られじ、如何さま故あるべし、又東鑑を考るに、長井左衛門大夫に作る、永井にはあらず、また時廣の仁治三年に配所にて死せしといふ事、誤れるにや、三浦…
- p006…兵衞大夫光廣等が與黨たりと載せたり、新編纂圖にも、長井左衞門時廣と載せ、永井とは見えず、また時廣が男甲斐守といふは泰秀としるせり、掃部助宗元といふは…
색인은 본문을 읽고 사람·지명 등에 개체 ID를 붙인 것입니다(표본 점검 정밀도 약 98.6%). 같은 이름의 다른 사람은 괄호로 구분했고, 지면 표기가 다른 비정은 문맥 주석에 적었습니다. 자세히