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田中吉政
본문 표기 吉政・長政・兵部少輔吉政・兵部少輔橘長政・久兵衞尉吉政・兵部少輔・兵部少輔長政・久兵衞尉
田中 第十二上 · 17
- p001…兵部少輔橘長政は初は吉政と云ひし也武家補任に長政とあり伯耆介宗弘が男なり、本國は…
- p001…兵部少輔橘長政は初は吉政と云ひし也武家補任に長政とあり伯耆介宗弘が男なり、本國は近江の人、先…
- p001…兵部少輔橘長政は初は吉政と云ひし也武家補任に長政とあり伯耆介宗弘が男なり、本國は近江の人、先祖累代高島郡田中と云ふ所に…
- p001…宗弘が男なり、本國は近江の人、先祖累代高島郡田中と云ふ所にぞ住してける、長政初め久兵衞尉吉政と申て豐臣家に仕へ、秀次關白いまだ三好殿と申せしより彼家…
- p001…なり、本國は近江の人、先祖累代高島郡田中と云ふ所にぞ住してける、長政初め久兵衞尉吉政と申て豐臣家に仕へ、秀次關白いまだ三好殿と申せしより彼家に附けられ、本國…
- p001…職ゆづられ給ひ、いつしか御志滿ちて驕生じ、善からぬ御振舞のみ多かりけり、吉政折にふれて諫め參らせしを厭ひ思召し、攝津の地河堤のの事、奉行せよと遂に外…
- p001…れ、程なく太閤の爲に罪かうむらせ給ひ、彼の御家人等も悉く誅せられにけり、吉政ばかりぞ太閤の御感には預りける、慶長五年の秋德川殿、上杉中納言追討のため…
- p001…感には預りける、慶長五年の秋德川殿、上杉中納言追討のため御下向ありし時、吉政も隨ひ奉る、上方又軍起りしかば、吉政關東の味方として海道より打つて上る、…
- p001…上杉中納言追討のため御下向ありし時、吉政も隨ひ奉る、上方又軍起りしかば、吉政關東の味方として海道より打つて上る、…
- p002…吉政が男民部少輔長顯も、父と共に奧に向ふ、吉政引返して海道を上る時、長顯をば…
- p002…吉政が男民部少輔長顯も、父と共に奧に向ふ、吉政引返して海道を上る時、長顯をば質として江戶の城に留む、長顯軍に隨はざる事…
- p002…れども許さず、長顯手勢三十騎計りを引具し忍び出で、父に先立つて馳せ上る、吉政道にて此由を聞て大に驚き、池田の侍從にかくと告く、輝政おのが吉田の城守ら…
- p004…兵部少輔が嫡子民部少輔長顯は、父との間快らず、二男を以て世嗣とす、大相國家の御諱…
- p004…いふ、前の說とは大に異なり、〇又創業記を考ふるに慶長十一年正月廿日の比、兵部少輔長政が子主膳廿歲なり、近く召仕ふ小童を切らんとして、それが爲に斬られて死す、…
- p006…、其子大隅守定房といふ、この久兵衛といふは筑後守忠政が兄なりともいひ、又兵部少輔吉政が弟なりともいふ、兩說なり、弟の忠政家繼て兄の吉興が繼がざりしこと如何な…
- p006…兩說なり、弟の忠政家繼て兄の吉興が繼がざりしこと如何なる故にや、不審、又兵部少輔吉政初め久兵衞尉と申す其弟の兄の名を名乘らん事も覺束なし、其家の系譜を見ざれ…
- p006…政家繼て兄の吉興が繼がざりしこと如何なる故にや、不審、又兵部少輔吉政初め久兵衞尉と申す其弟の兄の名を名乘らん事も覺束なし、其家の系譜を見ざれば、姑らく疑…
색인은 본문을 읽고 사람·지명 등에 개체 ID를 붙인 것입니다(표본 점검 정밀도 약 98.6%). 같은 이름의 다른 사람은 괄호로 구분했고, 지면 표기가 다른 비정은 문맥 주석에 적었습니다. 자세히