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筒井氏
본문 표기 筒井
筒井 第十二上 · 5
- p001…國の守護筒井陽舜房順慶が世嗣也、初め應仁の亂の後畿內悉く戰ひ起るに及んで筒井が家、南都興福寺の寺門に於て有勢の者なりしかば、弓矢取ては當國に名を顯し…
- p002…十市家の事記に、十市箸尾筒井越智を大和の四家と云て、昔より當國にありて南都を守りぬと見えたり、また大…
- p006…息城介信忠、討手の大將軍として松永が城に發向あり、順慶同じく相隨ふ、爰に筒井が譜代相傳の侍一人、初め順慶が本領失ひし時、松永が家に仕ふ、入道究竟の謀…
- p010…定次駿河の國府に召され、罪蒙て其身は關東に召戒められ領國をば收公せられ、筒井數十代の家、此時に至て絕えにける、…
- p011…坊はこれが後也○筒井主殿助某は、順慶が猶子なり、伊賀守定次が家亡びし後、筒井が一族やあると尋ねさせ給ひしに、順慶が猶子に主殿助某と申すが當時大和國に…
松倉 第十二下 · 5
- p001…越中の國の住人にて、嘉吉年中大和國に來て、添上郡橋田といふ所にあり、其後筒井が家に仕ふ、順慶が時に當つて、秀政彼の家人の隨一にて武勇の名譽、當世に聞…
- p001…り、仕丁記に見えし所なり秀政が弟權左衞門尉、右近入道西安齋等、幷に筒井宗徒の侍なり、其後筒井が家亡びてのち、德川殿に仕へて和州五條村二箕村を新…
- p001…所なり秀政が弟權左衞門尉、右近入道西安齋等、幷に筒井宗徒の侍なり、其後筒井が家亡びてのち、德川殿に仕へて和州五條村二箕村を新城として一万石を領す、…
- p001…の地を領しきといふ、此說心得られず、多門院日記に天正十一年十二月廿九日、筒井等の大名を召し定む凡十一人、其中松倉彌八郞同彌二郞等を載せて是則ち羽柴筑…
- p005…られてのちに、大坂の家人となりしにや、仕丁記の說の如くならんには、此事は筒井が家に在りし時の事なり…
색인은 본문을 읽고 사람·지명 등에 개체 ID를 붙인 것입니다(표본 점검 정밀도 약 98.6%). 같은 이름의 다른 사람은 괄호로 구분했고, 지면 표기가 다른 비정은 문맥 주석에 적었습니다. 자세히