지명 색인 › 美濃苗木城
美濃苗木城
본문 표기 苗木の城・苗木
遠山 第九上 · 6
- p001…に住して、末流七つに分れしかば、七遠山とは申しけり、友政父祖の跡を繼て、苗木の城にあり、其後所領を失て、三河國に落ち來り、德川殿に仕へ奉り、菅沼小大膳定…
- p001…長記等に見えたり、此年信長も討れ給ひし上は、信長の世を終る迄は、久兵衞は苗木に在りしにや、又一說に秀吉の御時に、所領失ひし由、申傳ふ、秀吉美濃の屋形…
- p002…關が原の諸記に記す所、まち〱なり、一說には、此時苗木の城をば川尻肥後守直次、領しけるが、川尻當時大坂に在り、留守の勢、少々城に在…
- p002…、留守の勢、少々城に在り、遠山押寄せ戰ひ、終に城を攻め落すと云々、一說に苗木の城を、關次兵衞某守て、中納言殿、山道を登らせ給ひし時、落合と云ふ所に着かせ…
- p002…なれば、御跡を慕ふ迄もなく、引て入ると云々、一說に、關は川尻が家人にて、苗木に留り守りし者とも云ふ、かく諸說區々にして、未ざ遠山家に傳へる所を聞かざ…
- p003…關が原の戰終て後、勸賞を行れ、本領を賜て再ひ苗木の城を安堵せり、一万五百石其子刑部少輔秀友、秀友卒して、其子信濃守友貞…
색인은 본문을 읽고 사람·지명 등에 개체 ID를 붙인 것입니다(표본 점검 정밀도 약 98.6%). 같은 이름의 다른 사람은 괄호로 구분했고, 지면 표기가 다른 비정은 문맥 주석에 적었습니다. 자세히