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青山宗俊
본문 표기 宗俊・因幡守宗俊・靑山因幡・靑山因幡守
靑山 第五 · 7
- p004…、二十年四月廿五日、終に配所にて、空しくなる、六十六歲とぞ聞えける、子息因幡守宗俊も、元和七年に叙爵す父と一所に流されしが、父が死せし後、頓て召返さ…
- p005…宗俊始て幕府に參りし時、昔親しき人々來り集り、悅ひあへりし所を、堀田加賀守、…
- p005…加賀守、打過きしが、立寄て誰にてわたり候ぞと問ふ、有あふ人々皆手を束ね、靑山因幡にて候と答へしかば、伯州の子息なといひしに、宗俊また人々に、かく問はせ給…
- p005…あふ人々皆手を束ね、靑山因幡にて候と答へしかば、伯州の子息なといひしに、宗俊また人々に、かく問はせ給ふは、誰人にましますと問ふ、是こそ加賀守殿にてま…
- p005…く問はせ給ふは、誰人にましますと問ふ、是こそ加賀守殿にてましませといふ、宗俊聞もあへず、さては勘左衞門御息に候かと云ひしかば、人々皆色を失ふ、當時加…
- p007…此時左大臣家宗俊を御前に召され、汝が父、我が幼きより、家を輔け、其忠を盡し、其誠を抽きん…
- p007…父が心を以て心として竹千代に仕ふべしと仰せもあへず御淚に咽ばせ玉ひければ宗俊も感涙に堪かね出だす詞もなく御前を罷立つ伺候せし人々もみな袂をしぼりしと…
丹羽 第六 · 1
- p001…、御書院番一番の頭となる、その跡丹羽式部少輔、其跡は同十五年十二月朔日靑山因幡守を以て補せらると云云、丹羽此役を仰付られし年月をもらす、寛永の日記…
색인은 본문을 읽고 사람·지명 등에 개체 ID를 붙인 것입니다(표본 점검 정밀도 약 98.6%). 같은 이름의 다른 사람은 괄호로 구분했고, 지면 표기가 다른 비정은 문맥 주석에 적었습니다. 자세히