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高橋紹運
본문 표기 紹運・入道・高橋主膳入道紹運・紹運入道・高橋主膳正鎭種入道紹運・主膳兵衞鎭理・鎭理・高橋主膳正大藏鎭種・入道紹運・高橋主膳兵衞鎭種・高橋紹運入道
立花 第八下 · 13
- p002…を知らず、又世に傳ふる所は、左近將監宗茂は、道雪入道が實の子にはあらず、高橋主膳入道紹運が嫡子なり、此紹運も誠は大友が一族、高橋の家つぎしなり、精しき事は、此下…
- p002…近將監宗茂は、道雪入道が實の子にはあらず、高橋主膳入道紹運が嫡子なり、此紹運も誠は大友が一族、高橋の家つぎしなり、精しき事は、此下に見えたり、初め天…
- p002…しき事は、此下に見えたり、初め天正九年嘉麻穗波の戰に、戶次丹後入道道雪、紹運入道が嫡子生年十六歲にして、軍せし樣を見て、此子勇士の器なることを相して、明…
- p002…、軍せし樣を見て、此子勇士の器なることを相して、明れば天正十年に、彼が父紹運に請ひ受て、己が世嗣とす、これ左近將監宗茂なりと云ふ、又道雪を戶次入道と…
- p003…家を繼きて、立花山の城に在り、明れば十四年の秋、今歲の七月、統虎が實父紹運も、島津が爲に討れ死すと云ふ嶋津が多勢、豐後國に發向して、我が城の邊…
- p006…つと云主膳正源種次は、故主膳正直次が嫡男なり、直次實は豐後の大友が家人高橋主膳正鎭種入道紹運が男とぞ聞えける初め高橋彌七郞統增と申けり後に主膳正直次と云ふと九州…
- p006…し候ばやと望む、義鎭入道宗麟、大に悅び、元龜元年、吉弘左京大夫鑑理が舍弟主膳兵衞鎭理に、高橋が本領御笠の郡賜て、岩屋寶滿二つの城を守らす、鎭理其年廿三歲、高…
- p006…が舍弟主膳兵衞鎭理に、高橋が本領御笠の郡賜て、岩屋寶滿二つの城を守らす、鎭理其年廿三歲、高橋主膳正大藏鎭種と名乘て、此より高橋兩家なり未だ年三…
- p006…理に、高橋が本領御笠の郡賜て、岩屋寶滿二つの城を守らす、鎭理其年廿三歲、高橋主膳正大藏鎭種と名乘て、此より高橋兩家なり未だ年三十に滿たずして入道し、紹運と號…
- p006…大藏鎭種と名乘て、此より高橋兩家なり未だ年三十に滿たずして入道し、紹運と號し我身は岩屋の城に在り、子息彌七郞、寶滿の城を守る、天正十三年九月十…
- p006…、高橋再び寶滿の城に入る、時に彌七郞十五歲と云ふ同き月廿七日、父の入道紹運、島津が勢に攻められ、岩屋の城落され、家子郞等八百餘人討死し、入道も自害…
- p006…の入道紹運、島津が勢に攻められ、岩屋の城落され、家子郞等八百餘人討死し、入道も自害しぬ、三十九歲敵又寶滿の城に押寄せ、高橋をたばかつて生捕にこ…
- p006…十五年の秋、豊臣關白、鎭西を平げ給ひし時、島津が許より、高橋を召され、父入道、殿下の御爲に、己が城を守て主從殘らず討死を遂けしこと深く感じ仰せられ、…
高橋 第十二下 · 2
색인은 본문을 읽고 사람·지명 등에 개체 ID를 붙인 것입니다(표본 점검 정밀도 약 98.6%). 같은 이름의 다른 사람은 괄호로 구분했고, 지면 표기가 다른 비정은 문맥 주석에 적었습니다. 자세히