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야마나카성 탈취와 히로타다의 오카자키 귀환편집 표제

75 · 795자 ·편집 단락

其故淸康樣の御時には案祥斗もたらせられ給ひける處に、我等共が祖父が山中の城をちやうぎをして、取て進上申なり。其より山中衆が御手に入て山中御ふだいと申なり。廣忠の御やうせうなるによつて、眼前の大伯父にて御座有松平內前殿押領して、廣忠樣を岡崎をたて出し奉せ給ひし時、伊勢の方を御らう人被成候へてわたらせ給ふ處に、十人斗も御供をして出るに、大久保一名の者は御供を申ならば、廣忠樣を御本意させ申奉る事なりがたければ、せんほうになりて御跡に止まりて、是非共に一度は岡崎へ入奉らばやと申て御供をせずしていたり。其外の御普代衆にも其存分にてとゞまる衆もおゝかりける處に、內前殿の仰には、廣忠を岡崎へ入申さん者は、大久保新八郞寄外有間じきに、新八郞に入申間敷と起請をかき候へとて、伊賀の鄕八幡の御前にて七まい起請をかゝせけり。其故にても、とかく新八郞より外有間じきとて、又伊賀の鄕の八幡の御前にて、一度ならず二度ならず七枚きせうを三度迄かゝせける。其時新八郞やどへかへり、おとゝい共物をきけ。上樣を岡崎へ入申まじきと又七まいきしやうをかゝせたり。殿樣を一度御本意させ申さんためにこそ御跡にはのこりたり。其心なくば御供をこそ申べけれ。七まいきせうの御ばつとかふむりて、此世にて白癩黑癩のやまひをもかうむれ。又はせがれを八つ串にも刺さばさせ、女房を牛裂にもせばせよ、來世にては無間の住家共ならばなれ、是非共一度は入申さでは置まじきと申て、我等共が伯父我等父などを引かこち、又は林藤助、八國甚六郞、成瀨又太郞、大原佐近右衞門などを引入れ、其まゝ廣忠を岡崎へ入奉る事も有、又伯父ご樣の藏人殿御べつしんの時は、我等親の甚四郞と同弟の彌三郞と兩人して、藏人殿御家中をくりわりて口をもきくほどの者を、こと〲く岡崎へ引付申せば、藏人殿御腹をたゝせ給ひて、大久保一るいの者の女子を一人、何共して取て磔にかけ度と被仰候事も有。