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當代記卷二 第119条

西暦 1581年2月26日(ユリウス暦)

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去正月廿三日被㆓相觸㆒ける馬揃、二月廿八日有㆑之、各盡㆑美色々の出立也、馬上已及㆓百騎㆒、一番に明知日向守皆紅の出立也、其次々不㆑及㆓書載㆒、甚結構の體也、信長は右之馬上の跡に乘給、先馬の前に夕菴法印を被㆑通、其體小袖をつほをり、白髮をかつきの出立也、鞍にとり付、誠の老女の馬に乘たるか、危き樣に見へたり、此夕菴は信長右筆、年七十餘之入道也、信長公出立は、ほゝ眉にほうこうをし給、牡丹作花を腰に指し、冠物にも作花をさし給たり、馬先に乘替十疋、種々無量之仕立、或は唐織、或は染縫薄猩々皮已下にて泥障をし、縱へき樣もなき結構也、信長の馬の廻に小人衆紅梅の袷、上に黃衣、立烏帽子、のし付脇指、金の鼻ねち、紅のうてはしりにて、思々にのる、池田庄九郞は惣金之出立、其身の事は不㆑及㆑申、馬の毛爪等迄何も金也、馬の毛には、ふのりを以薄を置けると也、主上御棧敷にて御見物、馬場は內裏の東に竪三町橫二町計に構たり、廻に柳を植る、桴はなし、

この条の人物 ・・・・