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伊達義広
本文表記 義廣・覺佛・粟野二郞藏人大夫義廣
伊達 第七下 · 7
- p002…を、中村常陸入道念西といひ、滿勝寺と號し、建長三年辛亥十月二日に死、其子粟野二郞藏人大夫義廣、三十三躰の觀音の像を造り、一堂を建立し、入道して覺佛と號し、此堂に隱居…
- p002…子粟野二郞藏人大夫義廣、三十三躰の觀音の像を造り、一堂を建立し、入道して覺佛と號し、此堂に隱居して、康元元年丙辰九月廿三日に卒すと云々、是も覺束なし…
- p002…れが建長三年まで世に永らへたらんには、凡そ年百歲には餘りなん、又念西が子義廣、康元元年に死すといへば、父念西が死せしより僅かに四年を隔てたり、また義…
- p002…廣、康元元年に死すといへば、父念西が死せしより僅かに四年を隔てたり、また義廣も入道して覺佛と號し、隱居すといへば、父いまだ死せさりし內に、これも入道…
- p002…死すといへば、父念西が死せしより僅かに四年を隔てたり、また義廣も入道して覺佛と號し、隱居すといへば、父いまだ死せさりし內に、これも入道隱居せしにや、…
- p002…も入道隱居せしにや、彼れといひ此れといひ、いぶかしき事のみなり、想ふに此義廣といひしは、念西が孫か、又曾孫にやあらずや、東鑑の中にしるせる念西が子の…
- p002…しは、念西が孫か、又曾孫にやあらずや、東鑑の中にしるせる念西が子の中に、義廣といふは見えず、又念西が建長三年辛亥に死したりと云ふ事、文字誤れるにあら…
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