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北条氏政
本文表記 氏政・氏政父子・左京大夫氏政・北條左京大夫氏政・北條氏政・截流齋・北條父子・北條氏康氏政父子・北條殿
榊原 第四上 · 2
松平(松井) 第四下 · 1
- p005…同き七年九月、北條氏政と同しく武田四郞討るべしとて、掛川の城に打出て玉ふ、四郞駿河に向ひしかば…
北條 第六 · 16
- p001…美濃守平氏規は、北條左京大夫氏康の四男左京大夫氏政の弟なり、曾祖新九郞長氏、伊豆國より起り、…
- p003…祖父氏綱父氏康兄氏政に至て、領する所の地八箇國、武威東海に奮ふ事凡百餘年、豐臣の關白、天下の…
- p003…、無爲に屬す、北條いまだ從はねば、相摸國より東の國々は命も行はれず、此時氏政は國をば子息相摸守氏直に讓り、自らは截流齋と號し、政務の事に預らず、此氏…
- p003…より東の國々は命も行はれず、此時氏政は國をば子息相摸守氏直に讓り、自らは截流齋と號し、政務の事に預らず、此氏直と申は、德川殿の聟君にてましませば、關白…
- p003…この美濃守氏規をさゝれたり、德川殿よりも榊原康政つけて參らせらる、やがて氏政上洛あるべきよしを宣ひながら、其事なく年月を經て、事の違亂、出來ぬれば、…
- p003…同き十八年の春、天下の軍勢を催促し、東海東山北隆より打て下らせ玉ふ程に、氏政父子一族郞從を分つて、多くの城々にこめらる、美濃守氏規、伊豆國韮山の城にぞ籠…
- p003…城のみ落されず、氏規の名譽、誠に双ひなしといつべし、爰に太田十郞氏房、氏政の子氏直の弟羽柴下總守勝雄と相議して、東西の和睦、事ならんとす、按…
- p003…田原の城降らん上は、其詮なきに似たり、早く其城を去て、小田原の城に入り、氏政父子、事ゆゑなからん謀を廻さるべしと仰せ下さる、又氏政父子書を賜て其城早く寄…
- p003…小田原の城に入り、氏政父子、事ゆゑなからん謀を廻さるべしと仰せ下さる、又氏政父子書を賜て其城早く寄手の爲に、開渡すべきよしを下知せらる、氏規此上はとて、…
- p003…參り、東西和睦の事を議す、殿下氏規が申旨に任せられ、伊豆相摸武藏三箇國を氏政父子にまゐらせ、殘る所の國々うけ取て、東西の人質、取替し、頓て御開陣あるべし…
- p003…澁取口より、小田原の城に入る、城中には、また太田十郞氏房が申旨に就きて、氏政父子の中に違亂の事、出來て、氏直父の命に從はず、降を乞て、同七月六日の卯の一…
- p003…、北畠殿の陣に參る、かゝりしかば氏規が謀も空しく成て、氏直は死を宥られ、氏政同舍弟陸奧守氏輝をば誅せらるべきに定りて、同き十日、關白の御使、氏政の許…
- p003…れ、氏政同舍弟陸奧守氏輝をば誅せらるべきに定りて、同き十日、關白の御使、氏政の許に向て、自害の事を勸む、氏規、力およばず、氏政の介錯して、返へす刀に…
- p003…同き十日、關白の御使、氏政の許に向て、自害の事を勸む、氏規、力およばず、氏政の介錯して、返へす刀にて、おのれも自害せんとする所を、警固の者、刀を奪ひ…
- p003…より、見玉ひし者にて、今度韮山の城をも、固く守り、東西和睦の事をも謀り、氏政と死を共にせんとせし志の程を感じ玉ひ、色々仰せ下さるゝ旨あつて、同十二日…
- p004…北條五代記創業記家忠日記夏目が記、並に關白殿、德川殿、氏政父子往來の書翰等に、古き人の物語せし事を、まじへ見るに、北條の亡ひし初めより…
眞田 第九上 · 2
北條 第十一 · 3
里見 第十二上 · 2
藤田 第十二下 · 5
- p001…六年の春上杉彈正大弼入道謙信卒して後、上野國沼田の城、安房守重氏に降る、左京大夫氏政氏康の嫡子重氏が兄也用土新左衛門尉重連して彼城を守らす、安房守重氏…
- p001…新左衛門尉重連して彼城を守らす、安房守重氏これを恨み、われ氏康の子にして氏政の弟なり、縱令故新左衞門尉重利が子にならずとも、是程の所領ゆづられざらん…
- p001…に降りしを、又重連に賜はるこそ安からねとて、頓て重連に毒すゝめて殺しぬ、氏政重ねて重連が弟彌六郞信吉して、兄が跡を繼ぎて沼田の地を守らす、安房守重氏…
- p001…して、兄が跡を繼ぎて沼田の地を守らす、安房守重氏いよ〱安からぬ事に思ひ、氏政氏直父子に、信吉が事さま〱に讒す、信吉重氏を深く恨て、明れば天正七年の春…
- p001…とて許さず、信吉むかし北條に叛きし身なり、信長失せ給ひぬと聞えなば、定て氏政氏直當國に向はんに、僅なる勢にて戰はんこと叶ふべからず、さらば沼田の城攻…
佐久間 第十二下 · 1
- p001…いふ佐々內藏助成政が養子といふ敵の中をかけ破り、關東に落ち下り北條左京大夫氏政に從ふ、天正十八年の秋北條が家滅びし後、蒲生飛驒守氏鄕が勸め申に依て、安…
成田 第十二下 · 6
- p003…よし〱さらば御僧の敎化に任せ參らすべきにて候とて、頓て其寺に引き籠りぬ、北條左京大夫氏政この由を傳へ聞て、長泰が許に使立てゝ氏長が所爲無道といひつべし、氏政頓て…
- p003…大夫氏政この由を傳へ聞て、長泰が許に使立てゝ氏長が所爲無道といひつべし、氏政頓て東國の軍勢を催し、彼の逆徒一々に打滅し長泰を返し入れ參らすべしとぞ云…
- p003…、我子人に失はせんこと無慚といふべし、さらば又我今まで領せし所も、多くは北條殿にめさるべし、累代相傳の地、他人の手に渡さんより、憎しと思ふ子に傳へたら…
- p003…と罷成り候ひぬ、向後に於ては氏長が事、賴み參らする所にて候とぞ答へける、氏政も案に相違して、軍を出さるゝにも及ばず、其後同き十二年氏長北條の催促に隨…
- p003…文を御覽して德川殿に參らせられ、城中に籠る所の宗徒の輩、既にかくの如し、氏政氏直今は誰を賴みてか軍をばしつべき、この文氏直の許に送らせ給ふべしとぞ仰…
- p003…許に送らせ給ふべしとぞ仰せける、氏直朝臣は德川殿の婿君たる依にて也氏政父子かの文を見給ひて頓て成田を召す、身のいたはりありとて參らず、使三度に及て…
佐野 第十二下 · 1
- p003…はず、各連署の起請文かいて北條に參らせ、一族賜て佐野の家繼がせんと望む、左京大夫氏政悅ふこと斜ならず、舍弟左衞門佐氏忠して彼の家つがせけり、和尙大に怒つて忽…
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