人物索引 › 北畠顕能
北畠顕能
本文表記 權大納言顯能卿・權中納言顯能卿・多藝の御所・顯能卿・北畠源大納言顯能卿
織田 第十下 · 4
- p002…畠殿と申すは村上天皇第七の皇子具平親王の御末、北畠准后入道源親房卿の三男權大納言顯能卿の後胤也、親房卿の曾祖權大納言雅家卿、伊勢の國司となり給ひしより、親房卿…
- p002…の宮に從ひ奉り、鎭西に趣て是も討死をぞ遂げられける、三男は伊勢の國司にて權中納言顯能卿是なり、壹志の郡多藝に住み給ひしかば多藝の御所と申す、伊賀伊勢の間にして…
- p002…、三男は伊勢の國司にて權中納言顯能卿是なり、壹志の郡多藝に住み給ひしかば多藝の御所と申す、伊賀伊勢の間にして足利殿と戰ひ給ふこと年を經て、正平七年の春、南…
- p002…后入道親房卿と共に都に登り朝務に預り給ひき、其後吉野の皇胤絕えさせ給ひ、顯能卿の男大納言顯泰卿、後小松院に仕へ本領を安堵し、當國壹志飯高飯野多氣度會、…
瀧川 第十二下 · 1
- p001…下總守紀雄利は初は雄親村上天皇の皇子具平親王の御末、伊勢の國司北畠源大納言顯能卿の嫡男、木造顯俊が七代の孫、左中將俊茂第三の子とぞ聞えける、…
索引は本文を読んで人物・地名などに項目IDを付けたものです(標本点検の適合率約98.6%)。同名の別人は括弧で区別し、本文表記と異なる比定は注記に記しました。 詳しく