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南部茂時
本文表記 右馬頭茂時・茂時
南部 第九下 · 4
- p001…後胤、大膳大夫信直が男なり、光行が後、代々鎌倉殿の御家人として、九代の孫右馬頭茂時が代に當りて、正慶二年五月廿三日、相摸入道平高時が滅ひし時、鎌倉にて自害…
- p001…に當りて、正慶二年五月廿三日、相摸入道平高時が滅ひし時、鎌倉にて自害しぬ茂時が子伊豫守信長、其子遠江守政行、尊氏將軍の御敎書賜て、本領を安堵す、此…
- p002…、後に一族家臣等、年賀の事ありと云ふ、彼是を併せ考ふれば、正慶二年の夏、右馬頭茂時、鎌倉にて死せしより興國貞和の頃に至て、僅に十餘年なり、思ふに、茂時死せ…
- p002…馬頭茂時、鎌倉にて死せしより興國貞和の頃に至て、僅に十餘年なり、思ふに、茂時死せし後、其子伊豫守信長、密に東に遁れ、幾程なく、世又亂れしかば、奧の宮…
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