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古田重恒
本文表記 重恒・兵部少輔重恒
古田 第十二下 · 10
- p003…兵部少輔重恒は故兵部少輔重勝が男、叔父大膳亮重治が家ゆづられ、慶安元年六月十六日に卒…
- p004…世に傳ふるは重恒天性我儘なる人にて、世に立交ることを嫌ひて、身の煩ひありと稱して年頃引籠…
- p004…人のみぞ常に側に候ひける、これは元石見の國の土民の子なりしを童なりし時、重恒其色にめでゝ寵愛し終に祿千石を與へて家の事を執り行ふにも彼をして舊き家の…
- p004…執り行ふにも彼をして舊き家の老などいふ者に我命を傳へさせてけり、さる程に重恒が籠り居りし後は、宗徒の家子郞從等も日々に此山田に逢うてこそ、主人の煩の…
- p004…りと云ふ、さらば明日は必人々參らせ給へと約束して歸してけり、明る晨山田は重恒の前に參りて、君はいまだ知召されずや、此三年がほど籠り居させ給ふ事、かく…
- p004…定し、けふの晝は君を、とりこにし參らせんと仕り候は、如何にと申しければ、重恒大に驚き怒つて、さて汝は如何にや思ふと問ふ、山田承りて近く候ふ者共に仰て…
- p004…輩をだに誅せられんには、殘る所の御家人等は、いかで背き參らすべきと云ふ、重恒聞ていみじう謀つたる者かな、さらば汝よきに謀れとて、若侍共こゝかしこに立…
- p004…人切て捨て四人に手負せ、我身も數多疵かふむり、からうじて遁れ出づ、かくて重恒は家の老共が反逆の事ありて、三人を誅し訖んぬと披露す、西林外記もありし事…
- p004…ぬと披露す、西林外記もありし事共、一々に執政の人々に就て申す、幾程なくて重恒卒し子なけれは家絕えぬ、實は自害しぬるにや、山田が斯く計ひしは重恒が身死…
- p004…なくて重恒卒し子なけれは家絕えぬ、實は自害しぬるにや、山田が斯く計ひしは重恒が身死しなん後は、おのれ必殉死せんことを恐れて、いかにもして家亡びたらん…
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