家索引 › 奥平氏
奥平氏
本文表記 奧平・奧平家
酒井 第四上 · 1
- p007…、宗徒の人々相隨へ、都合其勢三千餘騎、奧平美作守貞能に案內させ、この說奧平家の事書に見えたり、一說、奧平監物名藏喜八と云云、夜もすがら大雨を凌き…
本多 第四上 · 3
大久保 第四中 · 1
- p009…かば、敵は城に引て入る六日にも稻刈らん刈らせじとて戰ふ、菅沼忠七郞本名奧平、後には松平攝津守、其傳に詳なり、自餘の勢をも交へず、外城一つ攻め破…
奧平 第六 · 7
- p002…左衞門尉氏行と名乘る、末流上野國に移り、奧平の鄕に住みしかば、また改めて奧平と名のる、世々上野に住すと云云、○兒玉の系圖を按ずるに、内大臣藤原伊周公…
- p002…といふ鄕は見えず、又並合の記にしるす所、家の說に大に異なり、曰く三河國の奧平は、武藏七黨の中、兒玉庄左衞門貞政といふ者、初め吉野殿の御方にして、德川…
- p002…者、初め吉野殿の御方にして、德川殿と共に三河國に隱れ住む、地の名に因て、奧平と名のる、家の紋、唐團扇としるせり、覺束なし、…
- p003…、貞能これを知りて、窃に德川殿に志を通し、敵の謀を一々に告け知らせ奉る、奧平が作手の城にも、武田が侍大將甘利左衞門尉馳せ加る、其上貞能が謀をば、一族…
- p007…き七月貞能父子三河國武節の城を攻落す、信忠朝臣信長の嫡男其地つけて奧平にぞ給ひける、八月信昌、酒井左衞門尉忠次に伴ひ、織田殿へ參る、九八郞が此…
- p009…大膳大夫平家昌、奧平と稱す美作守信昌の嫡男、宇都宮の城を領し、これより先の事は、父信…
- p013…何なるゆゑ有て上總介殿の御跡を受けしといふにや、覺束なし、但し此家の紋、奧平家と同しからぬは、如何さま故ある事にや、其家の系圖には、天正十六年忠明が六…
小笠原 第六 · 1
- p001…勢つけて差向らる、貞慶既に德川殿にも背きまゐらせて、北條に組みしければ、奧平も途より引て歸る、同き九月貞慶三千餘人を率ゐて、川中島に打ち出て、龍王の…
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