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安藤重信
本文表記 重信・安藤對馬守重信・對馬守源重信・對馬守重信・彥十郞・又左衞門・安藤又左衞門
大久保 第四中 · 1
- p009…常が所領をば、其子仙勝丸に給ふ所なりとぞ聞えける、此日一記に廿一日安藤對馬守重信、御使を承り、宗徒の人々引具し、小田原に向て、忠隣が郞從等追却し、城郭を…
安藤 第五 · 11
- p001…對馬守源重信は、河內守賴信朝臣二男、肥後守賴清の曾孫、安藤太郞長基が後胤也按ずるに、…
- p003…重信が祖、三河國の住人安藤太郞左衞門尉家重、始て岡崎贈大納言家に仕へ參らせて…
- p003…奉行を承て、元龜二年十二月三方が原の戰に討死す、男子貳人嫡男は帶刀直次、對馬守重信は二男にてぞ候ひける、直次生年十七歲姉川の合戰に、高名を極めしより長湫の…
- p003…には附られたり、慶長十五年の事なりといふ、子孫今紀伊家の長臣なり、重信童名は彥十郞、成人の後又左衞門と申す、これも長湫の戰ひに高名し、其後中納…
- p003…たり、慶長十五年の事なりといふ、子孫今紀伊家の長臣なり、重信童名は彥十郞、成人の後又左衞門と申す、これも長湫の戰ひに高名し、其後中納言殿に附られ…
- p003…年の事なりといふ、子孫今紀伊家の長臣なり、重信童名は彥十郞、成人の後又左衞門と申す、これも長湫の戰ひに高名し、其後中納言殿に附られて、宇都宮の御陣に…
- p003…ならず、十二年に奉行職を承る、諸役人帳を按するに、御納戶頭の中に、安藤又左衞門といふあり、さらば始めは是等の役をも經しなり、十七年十二月廿一日下總…
- p003…に御陣をめされて、早々のぼぼらせ玉ふべきよしを仰せ遣されしかば、御勢をば重信に屬られて、御自らは近習の人々ばがり御供にて上り玉ふ、其後東西御和睦あり…
- p003…習の人々ばがり御供にて上り玉ふ、其後東西御和睦ありて、御上洛ありしにも、重信又御跡に留る事、數日の後、御勢を引ぐして上洛す、明年又兵起し時、將軍の御…
- p003…、御勢を下知して戰ひ、城既に落ちて、井伊掃部頭直孝を城中に差遣されし時、重信檢使を承る、其後又御跡に留る事廿日餘り、大坂の事とも沙汰して上洛す、元和…
- p003…留る事廿日餘り、大坂の事とも沙汰して上洛す、元和五年福島が國除かれし時、重信また御使を承り、息男重長と共に安藝國に向ふ、此年上野國高崎の城を給つて、…
福嶋 第十二上 · 2
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