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富田知信
本文表記 富田・富田左近將監・左近將監・平左衞門尉・左近將監某・左近將監信廣
榊原 第四上 · 1
- p003…らせらるべき事定り、康政都へ參るべしと、望み給ひしかば、都に登り、かねて富田左近將監が家を、康政が旅舘に點ぜらる、康政都に入し日、關白殿彼家に、成らせ玉ひ、…富田一白
富田 第十二下 · 10
- p001…信濃守源知高は、或書には知照とあり左近將監某が男也、或書には左近將監信廣と云ふ左近將監初め平左衞門尉と申して、…
- p001…信濃守源知高は、或書には知照とあり左近將監某が男也、或書には左近將監信廣と云ふ左近將監初め平左衞門尉と申して、豐臣太閤いまだ近江の國長濱の城、…或書表記
- p001…或書には知照とあり左近將監某が男也、或書には左近將監信廣と云ふ左近將監初め平左衞門尉と申して、豐臣太閤いまだ近江の國長濱の城、領し給ひしより仕…
- p001…照とあり左近將監某が男也、或書には左近將監信廣と云ふ左近將監初め平左衞門尉と申して、豐臣太閤いまだ近江の國長濱の城、領し給ひしより仕へ參らせ、一生…
- p001…の高名多き中に、天正十二年の春北畠羽柴不快の事起てのち、秀吉の仰せ承りて平左衞門尉、瀧川左近將監一益と共に伊勢國木造の城を守る、戸木の城と云ひし也か…
- p001…田怺へずして頓て降人になつて出づ、同二十七日一益再ひ木造の城に歸り來る、富田かくと聞て、一益羽柴殿の御爲に守れる城を私に去りて後、かたきの中より歸り…
- p001…きの中より歸り來る事、疑ふ所なきにあらずとて、城中に入る事を許さず、秀吉富田が振舞ひを大に感じ給ひ、從五位下に叙し左近將監に任し、伊勢國安濃津の城を…
- p002…或記に左近將監は初め豐臣家にして事を執りし者なるが、石田が爲に讒せられて、其權日々に衰…
- p002…ずるに德川殿豐臣家と御中直りの後、始て榊原式部大輔が御使承て上洛せしに、富田が家を旅館に點せられ、其後相摸の北條が訴に依つて、眞田安房守が上野國沼田…
- p002…北條が訴に依つて、眞田安房守が上野國沼田の城を、北條に下け渡せし時にも、富田は津田隼人佐と二人、關白の御使として下向しき、されば或記にいふ所の如く初…
佐野 第十二下 · 2
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