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山岡景友
本文表記 入道・道阿彌・山岡道阿彌・備前守景友・山岡備前入道道阿彌・山岡備前入道・山岡道阿彌入道・備前守景友入道道阿彌・景友・道阿彌入道
水野 第三 · 2
堀 第七上 · 1
- p002…世には惡七郞五郞と名つく、直政伊賀國龜田の城に先駈し、勢州峯の城にして、山岡道阿彌と槍を合す、其餘長篠山崎志津岳等所々の高名、擧けて數ふるに暇あらずといふ…
脇坂 第十上 · 1
- p003…奧に向ふ、上方の軍亦起り、道路差塞て近江路より引返し、東國に使參らせ、又山岡道阿彌入道に就て、父子共に西に在て、裏切り仕るべき由を申しければ、御消息を賜て其志…
山岡 第十一 · 19
- p001…備前守景友入道道阿彌は、伴の大納言善男の末孫とぞ聞えける、…
- p003…作守景隆家を繼ぎて勢多の城にあり、二男對馬守景佐、同國膳所に住す、三男は備前守景友なり、四男は僧になつて石山世尊寺の僧侶たり、南庵といひしと也其後還…
- p003…月織田殿討たれ給ひ、德川殿和泉國堺の浦より三河國に歸り給ひし時、景隆景佐景友三人の兄弟、明智光秀が催促に隨はず勢田の橋燒き落し、德川殿の御供して信樂…
- p003…殿も彼等兄弟の輩をば、さる賴しき人に思召し、其後兄弟豐臣家に隨ひ參らせ、備前守景友、慶長の初め入道して宮内卿法印になされ、道阿彌と號しけり以上或記に見え…
- p003…弟豐臣家に隨ひ參らせ、備前守景友、慶長の初め入道して宮内卿法印になされ、道阿彌と號しけり以上或記に見えしまゝに記す太閤薨し給ひ大坂の奉行等が、德…
- p003…ゝに記す太閤薨し給ひ大坂の奉行等が、德川殿失ひ參らせんと謀りし度每に、入道いつも德川殿の御館をぞ守りける、慶長五年奧の會津に向はせ給ひし時、入道は…
- p003…、入道いつも德川殿の御館をぞ守りける、慶長五年奧の會津に向はせ給ひし時、入道は御供して馳せ下る、舍弟甲賀佐左衞門尉は伏見の城に留りて上方の軍起りし時…
- p003…の國小山の御陣に、東國下向の大名を召されて、人々の思ふ所を尋させ給ひしに道阿彌入道、岡江雪齋二人ぞ仰をば傳へける、人々皆味方に組みし參らすべしと申す、さら…
- p003…申す、さらば上方に向つて合戰あるべしとて、まづ先陣の人々を差し向けらる、入道同く馳せ上り福嶋掃部頭正賴が加勢として、伊勢國長嶋の城に立籠て原田隱岐守…
- p003…日正賴が舍兄左衞門大夫正則が使者來て、昨日の戰に上方の軍勢敗れぬと聞て、入道手勢三百七十餘人を引具して、長嶋の城を出て川舟に取乘り、おのが領大鳥居に…
- p003…參す、爰にも兵分ちて城守らせ、十月六日伏見の城に參て兩御所の見參に入る、入道が振舞を感じ給ふこと大方ならず、同き八年十月三日大御所、入道が伏見の家に…
- p003…見參に入る、入道が振舞を感じ給ふこと大方ならず、同き八年十月三日大御所、入道が伏見の家に渡らせ給ひ、終日の饗宴あり、此日入道が養子新太郞景本、生年八…
- p003…同き八年十月三日大御所、入道が伏見の家に渡らせ給ひ、終日の饗宴あり、此日入道が養子新太郞景本、生年八歲に成けるを見參に入る、常陸古渡の地を入道にぞた…
- p003…、此日入道が養子新太郞景本、生年八歲に成けるを見參に入る、常陸古渡の地を入道にぞたぶたりける、一万石明れば九年十二月廿日入道六十二歲にして卒す…
- p003…る、常陸古渡の地を入道にぞたぶたりける、一万石明れば九年十二月廿日入道六十二歲にして卒す、新太郞景本未だ幼なかりしかば、景本が實父同主計頭景以…
- p003…二歲にして卒す、新太郞景本未だ幼なかりしかば、景本が實父同主計頭景以に、入道が所領の半を賜て其跡を繼がせらる、五千石を領す…
- p004…按ずるに初め會津へ向はせ給ひし時、入道は御供しければ舍弟甲賀佐左衞門尉に、我が寄騎十人足輕の兵百人を預て伏見に…
- p004…預て伏見に籠めし由、關が原の諸記に見えたり、又家忠日記追加に主計頭景以、入道が跡を繼ぎて寄騎足輕を屬せらるとあれば、入道當家に仕へても甲賀組の頭たり…
- p004…又家忠日記追加に主計頭景以、入道が跡を繼ぎて寄騎足輕を屬せらるとあれば、入道當家に仕へても甲賀組の頭たりしと見えき、精しき事を知らず…
金吾 第十二上 · 1
- p007…播磨國姫路の城に立籠つて、東國の御勢の攻め登らん程を待たばやと思ひ、先つ山岡備前入道道阿彌に就きて此由を關東に申せしに、舍兄延俊あへて城を貸さず、秀秋大に怒て、延…
福嶋 第十二上 · 1
- p013…共に德川殿の御方として、海道より馳せ上り己が城に立籠る、無勢なればとて、山岡備前入道道阿彌を加勢となさる、原隱岐守勝胤、太田に陣取て此城を攻む、原もさすがに無勢な…
加藤 第十二上 · 1
- p006…る、清正この二人に就きて、御方たるべき由を申しけるにや、〇世には清正初め山岡道阿彌に就きて、德川殿の奧に下り給はん事を諫め止め參らせ、上方に軍起るべき由を…
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