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岩松八弥
本文表記 蜂屋・八彌・片目八彌・蜂屋の何某
植村 第四中 · 12
- p003…天文十四年三月、御家人蜂屋の何某、如何なる故にや、岡崎殿を一刀さしまゐらせ、刺損して逃げ出つ、御打物の鞘…p004·p005の片目八彌
- p003…鞘をはづてし追かけ玉ふに、彼刀御股に中りければ、走せ玉ふ事御心に叶はず、蜂屋既に迯のびぬと見えし所に、植村參りあひ、無手と組て、堀の中に落つ、松平藏…
- p003…平藏人殿、これも御舘に參るとて、鼻つく計りに行逢ひ槍を取て堀に臨む、植村蜂屋上になり下になつて組合ふ、信孝そこはなせ植村と呼ぶ、新六下になりながら、…
- p003…、大事の御敵に候、おのれ共に突かせ給へとて放たず、信孝同しく飛て下りて、蜂屋を突く植村首をば切てけり、…
- p004…しからねども、記する所悉く實記と見ゆ、其記に、岡崎殿をさし參らせし人は、蜂屋といふ其名は聞かずと記せり、世には片目八彌といひしものと傳ふ、誤れるにや…
- p004…其記に、岡崎殿をさし參らせし人は、蜂屋といふ其名は聞かずと記せり、世には片目八彌といひしものと傳ふ、誤れるにや、御家人に蜂屋といふ人多ければ、かくは云替…
- p004…は呼しなるべし、又其記の末に、今の出羽守語て曰く、安部を討しは、曾祖父、蜂屋を討しは、祖父にや候と、在りしに依て、某これを聞て、わどのが曾祖父の十六…
- p004…て、某これを聞て、わどのが曾祖父の十六歲にして、安部をうち、其後妻迎へて蜂屋を打へき程の子設くべしや、年の程を數へて見玉ふべきものか、わどのゝ祖父は…
- p005…曰く幸若與大夫といふは、淸和源氏の末流岩松次郞經家が末孫なり、與大夫が父片目八彌といひし者は、安祥殿岡崎殿二代に仕へ奉り、度々の高名を顯し、近習に召仕る…
- p005…、其子與大夫此年に生れて、むつきの中にて有り、岡崎どの不便にや思しけん、八彌は我に仕へて、終に二心なし、今何のゆゑ有てか、我を失はんとは思ふべき、狂…
- p005…り、度々の戰忠をいたす、自餘の人ならんには、如何なる恩をもたうべけれど、八彌が子たる故に、其事もなし、大相國家、此由を知し召し、與大夫が子與三大夫を…
- p005…に、程なくかくれさせ玉ひしかば、又其事も止みぬと云云、此事誠ならんには、八彌が孫は、舞々となつてありしにや、岡崎殿の御情、有難き御事にあらずや、…
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