人物索引 › 本多忠俊
本多忠俊
本文表記 忠俊・助太夫忠俊
本多 第四上 · 6
- p002…紋をば望ませ玉ひし御事も候つれと申しゝといふ、忠房の母は、正忠の孫にて、忠俊が娘なりき、○ある人のいひしは、上野國新田の庄に、ふるき目貫髮搔小刀の柄…
- p002…三郞殿うせ玉ひ、贈大納言家、繼がせ玉ひしに至て、正忠常に御方に組す、其子助太夫忠俊父に繼ぐ、永祿三年五月、今川治部大輔義元、尾張國に向はれし時、忠俊が嫡子…
- p002…助太夫忠俊父に繼ぐ、永祿三年五月、今川治部大輔義元、尾張國に向はれし時、忠俊が嫡子修理亮光忠、父が手の者、引具し、德川殿に隨ひまゐらせて大高の城にあ…
- p002…守信元は、織田殿の御方として、三河國を併せんとす、國人等相戰ふ事やまず、忠俊父子、德川殿に組みし參らせて、常に軍のさきをかく、…
- p003…田の主殿は、足もたまらず、と讀て落書す、二陣の伊奈勢、安からぬ事やとて、忠俊の子修理亮光忠、伊豫光典幷家臣戶田丹波小栗澁大夫等眞先に進み戰ひて、敵餘…
- p004…の兵に備ふべき旨、仰下されしかば、おの〱人質をまゐらせて、其要害を守る、忠俊仰を奉り、吉田の城に備ふべしとて、小坂井糟塚の要害を搆へて、手の者共を込…
索引は本文を読んで人物・地名などに項目IDを付けたものです(標本点検の適合率約98.6%)。同名の別人は括弧で区別し、本文表記と異なる比定は注記に記しました。 詳しく