人物索引 › 板倉好重
板倉好重
本文表記 好重・板倉・八右衞門尉好重
板倉 第五 · 5
- p001…顯の後胤なり、義顯また澁川と名のる、それが末葉、三河國額田郡小美村の住人八右衞門尉好重が時に當て、同國松平大炊介好景に屬して、永祿四年四月十五日、好景と共に吉…
- p001…大炊介好景に屬して、永祿四年四月十五日、好景と共に吉良義昭と戰て討れぬ、好重男子三人あり、嫡男杢右衞門尉忠重は、好景の男故主殿助伊忠に仕ふ、伊賀守勝…
- p001…人あり、嫡男杢右衞門尉忠重は、好景の男故主殿助伊忠に仕ふ、伊賀守勝重は、好重が二男にて、幼き時僧となり、當國夏山といふ所の禪院にぞ候ひける、三男は喜…
- p002…者修行すとて、諸國を廻る、或時御前に召され、國々の事聞召すついでに、誠や板倉が子の僧となりしが、生殘てありといふ、若しも廻り逢ひけるやと尋ねさせ玉ひ…
- p002…若しも廻り逢ひけるやと尋ねさせ玉ひしに、さん候、當國夏山に禪僧の候ふを、板倉が子の由を申と答へ奉りければ、大に悅ばせ玉ひ、やがて永井して召され、還俗…
索引は本文を読んで人物・地名などに項目IDを付けたものです(標本点検の適合率約98.6%)。同名の別人は括弧で区別し、本文表記と異なる比定は注記に記しました。 詳しく