人物索引 › 植村氏明
植村氏明
本文表記 植村・出羽守・出羽守某・出羽守榮康・榮安・榮康・新六郞・新六
植村 第四中 · 19
- p001…出羽守源家政は、累代の先祖より、德川譜代の御家人なり、家政が曾祖父出羽守某、或說に、家政が祖は、美濃國の住人土岐源三郞持益が後胤なり、明應の頃、…
- p001…三河國に移りて、出雲守殿に仕へ參らす持益が子植村新太郞氏義、氏義が子出羽守榮康といふ、是れ家政が曾祖なりといふ、按ずるに家政が曾祖出羽守が名詳ならず…本文 榮康(割注は法名 榮安の誤記とみる)
- p001…氏義が子出羽守榮康といふ、是れ家政が曾祖なりといふ、按ずるに家政が曾祖出羽守が名詳ならず、法名をば榮安といふ、榮康とは法名の誤れるにや生年十六歲、…
- p001…れ家政が曾祖なりといふ、按ずるに家政が曾祖出羽守が名詳ならず、法名をば榮安といふ、榮康とは法名の誤れるにや生年十六歲、いまだ新六郞と申せしとき、…
- p001…なりといふ、按ずるに家政が曾祖出羽守が名詳ならず、法名をば榮安といふ、榮康とは法名の誤れるにや生年十六歲、いまだ新六郞と申せしとき、安祥二郞三郞…
- p001…ならず、法名をば榮安といふ、榮康とは法名の誤れるにや生年十六歲、いまだ新六郞と申せしとき、安祥二郞三郞殿、尾張の國にむかひ、森山に御陣を居ゑられ、安…
- p001…張の國にむかひ、森山に御陣を居ゑられ、安部彌七郞が爲に討れ玉ふ、折ふし、植村御側に侍らひしかば、彌七郞をば立所に誅し畢んぬ、御家人等、馳參て、唯あき…
- p001…、彌七郞をば立所に誅し畢んぬ、御家人等、馳參て、唯あきれに呆れて居たり、植村人々に向ひ、御敵をば既に誅しぬ、此上は思ひ置く事なし、速に腹切て、冥途の…
- p001…期、近き程にありなんと思ふ、今徒らに此所にて、腹きらんとも覺えずと答ふ、植村人々必ず死なん期とは、如何にといふ、其時人々抑我等が必ず死せん時、纔か十…
- p001…づかに十日隔つべけれど、御身が爰にて腹切らんを强て止むるに及ばずといふ、植村つく〲と聞て、げに誤つて候ものかな、さらば人々と同く打死をばせんとて、岡…
- p001…に向ひし御方、野は廣し、敵は多し、其中に取籠められ、一人も殘らず討死す、植村下道より向て、眞先を懸く、御方わづかに四百人、四千の敵を打破りて、また上…
- p002…詳なる事は、大久保が三河物語にみゆ、事永けれは畧しぬ、○按するに、此戰に植村打死せし由あるせる記あり、大にあやまりなり、…
- p003…御股に中りければ、走せ玉ふ事御心に叶はず、蜂屋既に迯のびぬと見えし所に、植村參りあひ、無手と組て、堀の中に落つ、松平藏人殿、これも御舘に參るとて、鼻…
- p003…、松平藏人殿、これも御舘に參るとて、鼻つく計りに行逢ひ槍を取て堀に臨む、植村蜂屋上になり下になつて組合ふ、信孝そこはなせ植村と呼ぶ、新六下になりなが…
- p003…行逢ひ槍を取て堀に臨む、植村蜂屋上になり下になつて組合ふ、信孝そこはなせ植村と呼ぶ、新六下になりながら、大事の御敵に候、おのれ共に突かせ給へとて放た…
- p003…て堀に臨む、植村蜂屋上になり下になつて組合ふ、信孝そこはなせ植村と呼ぶ、新六下になりながら、大事の御敵に候、おのれ共に突かせ給へとて放たず、信孝同し…
- p003…敵に候、おのれ共に突かせ給へとて放たず、信孝同しく飛て下りて、蜂屋を突く植村首をば切てけり、…
- p006…是等の外、其高名數を知らず、其後出羽守と申、天文廿一年三十三歲にして沓掛城に打死す、其子新六郞生年九歳にて、德…
- p009…人の物語せられしは、植村の家は、君に仕へて、天の幸を得し事度々なり、先祖出羽守、二度迄御敵を打ち、後に此家政も不思議の事ありき、大相國家の御時、元和八…
索引は本文を読んで人物・地名などに項目IDを付けたものです(標本点検の適合率約98.6%)。同名の別人は括弧で区別し、本文表記と異なる比定は注記に記しました。 詳しく